何で、俺が魔王の花嫁?
016
ラエウィガーダ主催の夜会の招待状は彼女の手にも届いていた。
「……忌々しいこと。まだあれは自由なのですね」
さっさとどこかに嫁いでしまえばいい。そうすれば《彼》も現実を見てくれるのではないか。
「わたくしは、いつまででもお待ちしたいのですが……」
立場がそれを許してくれない。適齢期というものが存在しているのだ。
男性はそんなことを気にしなくていいのに、とため息をつく。
そんな彼女の耳にノックの音が届いた。
「どうしました?」
表情を取り繕うとドアの外に向かってこう問いかける。
「若様がおいでになりました」
その言葉を耳にした瞬間、彼女の表情が一気に輝く。
「すぐにお通しして。それからお茶の用意を」
久々に彼に会えるのはうれしい。それがどのような理由だったとしても、だ。
「承りました」
その言葉とともにドアの向こうから立ち去っていく足音が聞こえる。
「あぁ、このドレスはおかしくないかしら」
それと髪型は、と彼女はつぶやく。もっとこったものにしておけば良かった。
しかし、今から準備をしていてはせっかくしてくれた彼を待たせてしまうことになる。
それだけ彼との時間が減ってしまう。
「仕方がないわね。せめて化粧だけは直しておかないと」
言葉とともにサイドテーブルに置かれてあるベルを取り上げる。そして、侍女を呼ぶためにならした。
「まぁ……なんて見事な」
仮縫いが終わったと持ち込まれたドレスを見てお母様が目を輝かせる。いや、お母様だけではなく侍女達も同様だ。
「お気に召しましたか?」
「えぇ。あなたは、エレーヌ」
「このような見事な作品を嫌うものがいるでしょうか」
お母様の言葉に俺はこう答える。自分が着るのでなければ手放しで褒めたいところだ。
はっきり言って、特上クラスの美貌の持ち主でなければ着せられている感が強くなるのではないか。そうでなかったとしても、ドレスの印象の方が強くなる。
だが、今の美少女の外見なら着こなせるか?
「このレースの繊細さは熟練の職人でもまねできないでしょうし」
そう告げればお母様もうなずいて見せた。
「これは人の手によるものではありません。飼い慣らしたゴールディスパイダーの作品ですわ」
ゴールディスパイダー自体が貴重な魔物だから、本当に少ししか作られないものだとか。
「そのような貴重なものを?」
「これならばお印は透けますが、肌が露出しすぎることはありませんもの」
何よりも、とお針子が拳を握りしめる。
「これと対になるシルバースパーダーというものもいますが、それが作ったレースを魔王様が好まれておいでです。それで飾られた御衣装を身につけられるとの仰せですから」
俺にもそれに負けないだけの衣装を作らなければいけない。そう考えたらしい。
「ともかく、お袖を通してくださいませ。微調整をさせていただきます」
その言葉に侍女達が部屋のカーテンを閉めた。さらについたてを用意する。
「お母様。少しの間失礼します」
さすがに母親とは言え、肌を見せないのが礼儀らしい。時のはと言えば、彼女たちは自分たちの世話をするのが役目だからカウントされないとか。
あちらでの記憶がある自分にとっては違和感しかない。だがそれがこちらの流儀ならば従わなければいけないだろう。
それでも入浴に関しては未だに羞恥心との戦いだ。モーブがいてくれるときには、ある程度は自由にさせてくれるが他のもの達は無理だし。
着替えに関しては、もうなれた。
こちらにはファスナーがないから、体にフィットしたドレスはその都度縫い付けるんだ。今着替えているドレスも同様らしい。
その代わり、上半身は吸い付くようにぴったりとしている。
「どうでしょうか」
その言葉に俺はついたての中から出る。もちろん、きちんと縫製されているわけではないから何かあればほつれるだろう。だから慎重に歩く。
「少し歩きにくいです。平らなところならばかまわないかもしれませんが、階段の上り下りは難しいかと」
ダンスも無理かもしれない、と俺は続ける。
「太ったのかしら」
お母様が心配そうな表情で失礼なセリフを口にしてくれた。
「いえ。見たところ違いますわね。失礼させていただきます」
お針子が近づいてきたかと思うと足下にかがむ。そして、いくつかの糸を切った。しかし、それでスカートがはだけることはない。
「これならば大丈夫でしょうか」
そう言われて、少し歩いてみる。おそらく5センチも広がってはいないだろう。それでも先ほどよりも楽に動ける。
調子に乗って、軽くステップを踏んでみた。だが、動きを邪魔することはない。
「練習用のドレスよりも動きやすいかも」
きっと、脚に絡まないからだ。そう思いながらもこうつぶやいてしまう。
「最初、少しだけきつめにしてあったようです。申し訳ありません」
彼女は謝罪の言葉を口にするが、きっと違うのだろう。
「ひょっとして、あちらの高貴な方々は、魔法で階段を降りられるのではありませんか?」
こう問いかければ彼女は驚いたような表情を作る。
「そういうことのようですわ、お母様。私が太ったわけではありません」
それだけは訂正しておきたい。そう思って俺はお母様に訴える。
「ごめんなさいね。それにしても、あちらの方々の暮らしはやはり違うのね」
大丈夫かしら、と彼女は不安そうな表情になった。
「姫様は魔力も多いようでいらっしゃいますから、大丈夫ですわ」
魔道具職人もおりますから、とお針子は口にする。
「こちらもそのような職人達が作ったものですわ」
話題を変えるかのように彼女は弟子達に視線で合図を送った。そうすれば、彼女たちはテーブルの上にジュエリーケースを置く。
ふたを開ければ、そこにはレースに負けないくらい精緻な彫金を施したアクセサリーが納められている。
中央の石は魔王の色である紫。昔見たパープルサファイアとか言う宝石によく似ている。
「……これは……我が国の象徴の花をデザインしてあるのね」
感嘆のため息とともにお母様がつぶやく。
「姫様だけの装飾品ですから。それらには魔王様が守護の陣を組み込んでおるそうですわ」
その説明にさらにお母様はため息をつく。
「これを身につけてあなたが魔王様の隣に経つ日が楽しみだわ」
俺としては今ひとつ乗り気ではない。魔王は男だしなぁ。精神だけとはいえ、俺も男だし。
それでもこの世界のために受け入れなければいけないんだろう。
心の中でそうつぶやきながらも、俺はほほえんで見せた。
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