何で、俺が魔王の花嫁?

014



 お父様の話を聞いた翌日には、魔界からお針子がこちらに訪ねてきた。そのときに持ってきたのは、あちらで流行のドレスだ。
 こちらの好みはプリンセススタイルというのだろうか。パニエで大きくスカート部分を膨らませるものである。だが、あちらの好みはスレンダーやマーメードと言ったすっきりとしたものだった。俺としてはこちらの方が好みだと思うが、お母様にとってはすぐに受け入れられないものらしい。
 どれだけ布をたくさん使っているか。それがステータスになっているらしいのだ。
「魔王様の隣にたつのであれば、あちらのお好みに近づけた方がいいのではないでしょうか」
 俺はとりあえずそう主張しておく。
「このくらいの膨らみで、代わりに裾を長く引くようにすれば良いかと」
 そばに控えていてくれたモーブもそう言ってくれる。
「そうですね。膨らませる代わりに上に薄手の──そうですね、レースのオーバースカートを着けてはいかがでしょう。袖と胸の部分にも同じレースで、うっすらと透けるようにすれば、お印も確認できるかと」
 そう言いながらお針子の女性は持ってきた紙にさらさらとデザインを描いてみせる。確かにそれならばおかしくはないのではないか。
「肌が透ける代わりにのど元まできっちりと覆われてはいかがでしょう。こちらの流行とは変わりますが、それが余計に姫様が魔王様に嫁がれることを強調することになるかと」
 魔王様自らがドレスを贈られたとなれば、文句を言える人間はどれだけいるのだろうか。彼女はそう続ける。同時にその手はさらさらと今まで出された意見を一つのデザインにまとめていた。
「……確かに、今のエレーヌならば着こなせるでしょうね」
 それを見てお母様はうなずいてみせる。
「胸元袖のレースは金で、オーバースカートは縁取りを金にしましょう」
 ドレスそのものは魔王の色をとって紫がいいのではないか。お針子はそう言う。
「でも、暗い色ではこの子にあわないのではありませんか?」
「大丈夫です。紫と言ってもこれだけ種類がありますわ」
 そこにはピンクに近いものから青としか見えないものまで様々な染めの見本が一枚の布の上に存在していた。
「この中からお好きな色を選んでいただければ、姫様に似合うかどうかを確認させていただきます」
 言葉とともに差し出されたのは真っ白な布だった。
「これでですか?」
「これは特別な布ですわ。見本を押し当てながら魔力を流すことによって色が変わります」
 これでどのような色でも合わせられるようになったのだ。少し自慢げに彼女は教えてくれた。
「それはすてきですね」
「これでドレスが作れれば面白いのに」
 思わずそうつぶやいてしまう。
「残念なことに、それは無理なのですわ」
 本当に残念だが、とお針子は言ってくる。
「どうしてですの?」
「これの色が変わっているのは元になる色を押し当てたまま魔力を流し続けなければいけないのです。魔族であれば不可能とまでは言いませんが、やはり集中しなければいけませんから」
 それよりも最初からその色でドレスを作った方がいいと考える者の方が多いのだ。そう言われて納得する。
「言われてみればそうですわね。万が一の時に動けなければ困りますもの」
 それでも途中で色を変えられれば楽しかったのに。そうつぶやいてしまう。
「……今回のデザインでは難しいですね」
 さすがに、とお針子はため息をつく。
「また姫様のドレスを作る機会もありましょう。そのときには工夫させていただきますね」
 彼女の言葉に少しわくわくしたのは事実だ。
「この子は……ともかく色だけど……どちらかと言えば青寄りの方がいいわね」
 お母様はあきれながらも否定はなさらない。実は少しだけ興味があるのではないだろうか。
「それならばこのお色はいかがでしょう」
 一見すれば水色に見えるそれは間違いなく紫なのだろうか。そんな疑問すらわき上がってくる。
「でも、これならばレースは金よりも銀の方がよくなくて?」
「それでは印象が淡くなりすぎるのでは?」
「同じ色味でもう少し濃い色の方がよろしいのではありませんか?」
 金を使うのであればこのくらいで、と紺にも見える色を指さしたのはお母様の衣装を整えている侍女だ。
「これであれば姫様の御髪の色が映えます」
「でしたらもう少し紫によってもよろしいのでは?」
 別の侍女がそう言ってくる。
 ここまで来ると自分に口を出す余地はなくなるな。専門家に任せるか、とおれは心の中だけでつぶやいた。

 ドレスのデザインが決まったのはお茶の時間を過ぎてからのことだった。
 もちろんそれで終わるはずもない。
 アクセサリーのデザインや髪型までしっかりと決まっていた。
「それでは……三日後に仮縫いを終えたものを持ってまいります。そのときにサイズを確認いたしましょう」
 お針子はデザイン画などをまとめながらそう言った。
「ずいぶんと早くできるのね」
「魔王様には正妃さまはもちろん、即妃さまもおられませんので。私たちの仕事は少ないのですわ」
 だから今回の仕事はうれしいのだ。皆張り切っている、とお針子は続ける。
「できれば毎期ごとに姫様のドレスを作らせていただきたいと訴えていたのですが、まだ内密のことだからと却下されておりましたの」
 その欲望が今回解禁されたのだ。張り切らざるを得ないだろう。そう言われても困る、とほほが引きつりそうになる。
「あら、すてきね。この子が新しいデザインの先駆者になれるのね」
 いくらでも作ってくれてかまわないわ、とお母様は告げた。
「お母様。それほどドレスが必要になると思いませんが」
 その気になればリメイクでごまかせるだろう。実際、今までの自分のドレスはそうだったしと言外に告げる。
「あなたも正式に社交界に出るのです。それに魔王様の婚約者がドレスを使い回すなぞ、周囲に笑われますわ」
 心配はいらない。その分の予算はちゃんとある。お母様はそう続けた。
「そうですわ。姫様にはいろいろと身につけていただいて、一番お似合いになるデザインを見つけなければ」
 魔王様もそれを喜ぶだろうとお針子も告げる。
 いや、口には出さないが侍女達も同じ気持ちらしい。
「……わたくしは動きにくいドレスは好きではないのですが……」
 お父様の許可もいただいて乗馬などもしているのだし、とため息とともに主張してみた。
「わかっています。普段着まで仰々しくしなくてもかまいませんよ」
 お母様の言葉にほっとする。
「そちらもできれば私どもにお任せいただきたいですわ」
 ただお針子さん達の情熱にさらに油を注いでしまったらしい。
「それについてはこちらのもの達との兼ね合いもあるからすぐに答えを返せないわ」
 さらりとお母様は受け流している。そのまま何時ものもの達に任せられればいいのだが。本気でそう思う俺だった。

 もちろん、その希望が叶えられる日は来なかったが。


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