還

24

　誰もいない謁見の間で彼は一人座っていた。
　だが、一目では彼とわからないくらい姿が変わっている。その身は骨と皮だけになり、身にまとっていた豪奢な衣装もすでにぼろきれとかしている。まるでそこだけ何十年もたっているかのようだ。
「ようやく戻ってきたか」
　だが、声はまだ針を持っている。間違いなくあの男のものだ。しかし、なにかが違う。
「貴方は誰ですか？」
　思わずそう問いかけてしまった。
「お前はよく知っていると思うが？」
「何をです？」
　自分が知っているのはこちらに攫われてきたときにあったときの印象だけだ。それと違うから『誰か』と聞いただけだが、と言い返す。
「……何も覚えていないというのか？」
「意味がわかりませんが？」
　まったく、何を言いたいのか。いや、それはわかってる……と心の中だけでつぶやく。しかし、この場でそれを言う理由がわからない。だからしらばっくれるしかないのだ。
「お前はどうだ？」
　輔に視線を向けて問いかける。
「まったく。俺はあんたじゃないからな」
　あんたが何を考えているのか、推測しか出来ない。だからといって、それが正解だという保証もない。彼はきっぱりとそう言いきった。
「それよりも、さっさと元の世界に返してもらおうか」
「そうですよ！　勝手に連れてきて」
「……貴様らがそれを言うか？」
　僕たちの主張に彼はこう言い返す。
「意味がわからないな」
　お前はこの世界の人間だろう、と輔が言う。
「自分の国にいる人間がどうやって強引に連れてこられた僕たちの気持ちを理解できるというのですか？」
　なぜ、と問いかけた。僕が知っているか義理、目の前の男はこの世界から出たことはないはず。そうである以上、理解できるわけがない。
「確かにそうですな」
　アルスフィオ殿が同意をするようにうなずく。
「貴殿はこの国に派遣されてから一度も他国に行ったことはないはずですぞ、オラトリオ殿」
　この言葉に相手は小さく笑う。
「残念だが、私はオラトリオではない。あやつは消えたからな」
「……消えた？」
　やはり目の前にいるのは彼ではない。つまり、中身だけ入れ替わったと言うべきか。
　この落ち着きから見ればそれなりに年齢を重ねた人間だろう。
「輔……」
「……あぁ、そうだろうな」
　間違いなく彼は大叔父だ。なぜ、オラトリオになっているのかはわからないが、とそう続ける。
「そんな魔法があったのか」
「魔法じゃないのかもしれないね」
　ショックで魂が離れた瞬間に相手の体を乗っ取るというのも小説ではよくある話だし、と僕は口にした。
「転生ものの定番の一つか」
「あるいは魔王覚醒のね」
　そのとき、ある疑問が浮かび上がる。
「で……あの人、生きているのかな？」
　死んでいるのであれば納得できる部分もあるのだが、とそう続けた。
「デミリッチか」
　輔がそう言って目を細める。
「なら、ちょっといたずらをするか」
「いたずら？」
「まぁ、見てなって」
　そう言うと彼は小さく呪文を唱えた。次の瞬間、彼の上に光が降り注ぐ。それは見ていてほっとする光だ。
「浄化の光……」
　アルスフィオ殿はそうつぶやく。
　しかし、だ。
「ぐぅぉぉぉぉぉぉ！」
　目の前の男は苦しそうに胸元を押さえている。
「肉体は生きているのに『死んで』いるのか」
　輔が驚いたようにそう口にした。
「……別の姿が彼に重なっているね。そのせいかもしれない」
「見えるのか？」
「うっすらとだけど」
「そうか」
　なにかを考え込むような表情で輔がつぶやく。
「それがどうかした？」
　彼のその態度に不安を感じて問いかける。
「こちらの有利になるかな、と思っただけだ」
　ともかく、と彼はため息をついた。
「死者はおとなしくあの世に行けよ！」
　そう付け加えると彼はもう一度浄化の魔法を使おうとする。
「この世界が私から大切なものを奪ったのだ！　復讐して何が悪い」
　それよりも早く男がこう叫んだ。
「私から最愛の家族を奪ったではないか！　それをようやく取り戻せそうだったのに、なぜ、邪魔をする」
「他人を巻き込んだからです」
「他人ではないわ。二人とも私と同じ血を引くものぞ！」
　あちらとこちらで、と彼は言い切る。もっとも、自分はあちらの世界の人間だから血は繋がっていないはずなのだが、とつぶやく。
「たとえ血のつながりがあろうと貴方が自由にしていいわけではありません」
　アルスフィオ殿がきっぱりと言ってくれる。
「そもそも同じ血を引いていても考え方も何も違うだろうが」
「だよね、そもそも、こちらの世界の人間とどうやって血が繋がっているわけ？」
　魂だけならばともかく、この肉体はどうあがいてもこちらの存在にはなり得ないのだ。
　ただ、目の前のとこがあの男ならば少なくとも輔に関してはそう言えるだろうが。
　それでも、一つだけ疑問が残る。彼はいつオラトリオと入れ替わったのか。
　少なくとも、こちらに呼び出された時にはまだ本人だったはずだ。
　つまり、自分達がここから逃げ出した後と言うことになる。
「それは私がここの王家の人間だからだ」
　彼はきっぱりという。
「そして、そのものは私があちらにいたときに出来た子供の子孫よ」
　予想が当たってしまった。僕は思わず顔をしかめる。
「魂がそうであろうと、僕は僕だ。それ以外の何物でもない！」
　即座にそう叫ぶ。
「まったく……あんたが俺の先祖であろうと、俺の人権を無視するようなことはするな」
　輔もそう怒鳴りつけた。
「……なぜだ？」
「決まっているだろう。こいつはすでに輪廻の輪をたどってあちらに生まれた。俺は見も知らないひいじいさんの夢を叶える存在じゃない」
「僕たちは僕たちそして生きる自由と権利がある。そう言うことだよ」
　だから、何があろうと言うことは聞かない。僕たちは声をそろえるとそう告げた。