還
25
あちらにいたのならばそれを知っていて当然だろう。少なくとも、あの時代にも個人の人権と自由はそれなりに存在していたはず、と輔は言う。
「それがわからないのは、お前がこちら側に染まったからだろう?」
人をやめたせいで人の心がわからなくなったんだろう、と彼は続ける。
「人をやめたら大切な人には二度と会えないよね」
僕もそう言ってうなずく。
「……何を言っている……」
初めてあの男の声に動揺が現れた。
「あちらでは人は死ぬと天国か地獄に行く」
おそらくあの男が会いたいと思っている人間は天国にいるだろう。しかし、と僕は口を開く。
「でも」
続けようとした言葉は輔に奪われる。
「人をやめた人間はどちらにも行けない。ただ消えるだけだ」
きっぱりと告げた言葉に男は大きく目を見開く。
「嘘だ!」
そしてこう叫ぶ。
「嘘じゃないさ。人間ではない存在には魂がないからな。死んだら無に帰るだけだ」
「そうだね。昔話にもなっているくらいだからよく知られている事実だろうし」
輔の言葉に僕もうなずく。
「嘘だ……」
男はそうつぶやいた。
「嘘だ、嘘だ、嘘だ……私はまた彼女に会うのだ」
二度と会えぬなど信じぬ、と男は荒れ狂う。
「それが世界の理です。この世界であろうと異世界であろうと、それは帰られません」
アルスフィオ殿が諭すように告げる。しかし、言葉が耳に届かなければ意味はない。
それよりも、だ。
「……曾じいさん決定だな」
「と言うことはあれが親族……」
血のつながりがあるのかぁ、と僕たちは頭を抱えたくなる。しかし、今はそんなことをしている場合ではないと思い直す。
「あんたの言う彼女が曾ばあさんなら、とっくの昔に成仏している」
輔が引導を渡すようにきっぱりと言い切った。
「ったく……素直に死んでればどっかで会えただろうに」
そうは思わないか、と輔がこちらに話題を振ってくる。
「僕はその方を知らないけど、虹の橋を渡るところで待っていたかもしれないね」
と言うことは待ちぼうけか、と今さらながら口にした。だとするなら本気でかわいそうだと思う。
「……いや、父さんから聞いた話だとさばさばしていたって言うから……いい男を見つけて追いかけていた可能性の方が高いぞ」
「そう言う人だったの?」
「みたいだぞ」
今のあいつを見たら百年の恋もいっぺんで冷めるよな、と輔が言う。
僕たちがそんな会話を交わしているのはあいつをあおっているからだ。それで魔方陣の力を使えばそれでいい。その瞬間、置き土産を残して僕らは消えるだけだ。
置き土産が魔方陣を壊せばあいつも力を失うはず。
希望的観測だが、後は押しつけて戻ろう。そうでなければいつまでたっても帰れないのではないか、と言う結論に達したのだ。
まぁ、最大の元凶だけはなんとかしていくから後は任せた。そう言うことだ。
問題はどうやってつながりを斬るか、だ。正確に言えば魔方陣を壊すか、だな。
それに関しては輔がある方法を教えてくれた。
どうやら僕には契約を破棄する力があるらしい。それに遅延魔法をかけて、僕たちが帰るまでの時間を稼ぐのだとか。
今までの練習では失敗していないから心配はいらない、と思うけどね。そう考えながらも会話を続ける。
「それは怖いね」
好きだった人に見限られるのは、と僕は言う。
「あちらならいたこなり霊媒師に呼び出してもらって、目の前で縁を切ってもらうんだけどな」
先祖かもしれないが、あんなうじうじしている奴はイラン。輔はきっぱりと言い切る。それは彼の本音のはずだ。
「……そういえば、その身に呼び出した人の霊を乗り移らせるって言うのはいたこだっけ?」
「どっちだったかな」
しかし、と輔が続ける。
「あいつはそのつもりだったようだけど?」
「やめて!」
その場合、どちらが犠牲になるのか。考えたくもない、と叫ぶ。
「悪い……言ってから後悔した」
同じ想像をしたのか、彼も少しだけ顔色が悪い。それもこれも、すべては女性陣から見せられたBとLの本のせいだ。
「……貴様達、我を放置して何の話をしている!」
ようやく意識が現実に戻ってきたのだろう。あいつが吠える。
「本人を呼び出して縁切りしてもらおうかなって」
「口寄せって言うんだよな」
そう言いながら輔が少しだけ前に出た。
「それとも、曾孫に引導を渡してほしい?」
声を少しだけ下げて彼は問いかける。
「いい加減にせよ! 望み通りにしてやろう」
そう言うとあいつが手を上げた。その手になにかが集まっていく。
しかし、重要なのはそれではない。
「繋がった!」
「どれだけ稼げばいい?」
「三十秒かな?」
まずはあいつと魔方陣とのつながりを斬る。その後で僕らが魔方陣の力であちらに戻り、同時に破壊する。シミュレーションでは可能だろうと言うことになったけど、はっきり言って物受け本番だ。どこまで可能だろうか。
いや、やらなければいけない。
そう考えて集中する。
「了解」
そう言うと輔が動き出した。あいつの剣を防いでいる。それを見ながらも僕の心は逆に凪いでいった。
ゆっくりと水面が鎮まっていく。そうすればなにか赤黒いものがあいつに巻き付いているのがわかった。いや、それだけではない。細い光る糸も存在している。本来はあちらだったのだろう。
ゆっくりと手を持ち上げる。
指先に力を集めた。そのまま手を勢いよく振り下ろす。
「切れた!」
「わかった。アルスフィオ殿!」
「かしこまりました。全軍、進軍を」
言葉とともに騎士団が一斉にあいつに向かう。あいつも抵抗をするが魔方陣とのつながりがたたれた今は力が半減しているらしい。
「輔!」
「わかっている。行くぞ」
うなずき合うと走り出す。
「お気をつけて」
事前に話を通してあるからだろう。アルスフィオ殿はこの後僕らが魔方陣を破壊することは知っている。でも、その前にさっさともどることまでは知らないのだ。
まぁ、事故と言うことで納得してもらおう。
心の中でそうつぶやくと僕たちは地下の魔方陣へと向かってかけだした。
結果として、僕たちは自分達の世界に戻ることが出来た。
「良かった……」
今は父さんに抱きしめられている。輔も同じように家族にもみくちゃにされていた。
しかし、僕らがあちらで過ごしたのは半年近く。しかし、こちらでは一月ほどでしかなかったというのは驚きだ。
「学校には入院中と言うことで話をしてある」
これはがっつりと補習が待っているパターンですね。そうつぶやくとため息をついた。
「まったく、お前達は二人そろってどこにいたんだ?」
輔の父親がこう問いかけてくる。それに救いを求めるように輔が視線を向けてきた。
「えっと……」
なんと言えばいいのだろうか。
「……とりあえず、夢で見た世界らしき場所に飛ばされて……それで魔方陣を壊して帰ってきた?」
大まかに言うとそう言うことだよね、と首をかしげる。
「確かにそれであっているな」
輔もそう告げてうなずく。
「まぁ、無事に戻ってきたんだからいいじゃん」
「だよね」
へらりと笑ってごまかそうとする。
「そうね。今回も無事に戻ってきてくれて良かったわ」
おばさんがそう言って微笑む。それにおじさん達もうなずいている。
しかし、父さんだけは納得できないという表情だ。
「……そうだな」
言いたくないこともあるか、と自分に言い聞かせるようにつぶやいている。
「ともかく、今日は家でゆっくりと休ませてくれよ」
輔が状況をまとめるようにこう告げた。
「賛成。今はお風呂に入って布団で寝たい」
「だよな」
顔を見合わせてうなずき合えばそれ以上何も言えないらしい。父さんも解散には同意をしてくれた。
しかし、まさか父さんまで転生していたとは思わなかった。
「あの腐れ叔父がぁ!」
落ち着いた頃、自分達が経験してきたことを話せば彼はそう叫ぶ。
「魔方陣は壊してきたから、もう呼び出される人間はいないよ」
「……それとこれとは別問題だ」
なだめようとしても逆効果だった。こうなれば酔いつぶすしかない。そう考えて父さんの前にビールを置く。
その後のことは言わなくてもいいよね?
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