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 予想通り、あの男は僕たちの身柄を引き渡すように告げたらしい。だが、それをこちらの使者は断ったそうだ。
「なぜか」
 断られると思っていなかったのだろう。あの男はそう聞き返してきたらしい。
「たとえどのような立場の人間であろうと彼らは《人間》だ。等しく神の子である」
 しかも、神殿に保護を願っている以上、守られるべき存在だ。使者はそう言ってくれたとか。
「神殿はどのようなときであれ、罪なき者を守るのが役目ですからね」
 しかも、と使者は口調を強めたらしい。
「どこぞの誰かが強引に招喚したのだとか……ならば、我らのすることは彼らを元の世界に戻すこと。それこそが神のお望みよ」
 そう言われた瞬間、男は表情をこわばらせたとか。
「……元の世界に戻す、と言われたか?」
「ええ。大神官様がそのおつもりで動いておいでです」
「なぜ……」
「あの方々はこの世界の方ではないのでしょう? ご家族がおいでのはず。その方々の手にお戻しするのが道理というものではありませんか?」
 二人ともそれを望んでいるのだし。その言葉に男は我慢しきれないというように王座から立ち上がったとか。
「あれらは私が呼び寄せた者。私が自由にして良い者だ! 誰であろうと邪魔はさせん」
「本人達は元の世界に戻ることを希望しておいでです」
 そして神々も、と言う神官の言葉に男はとうとう怒りを爆発させた。
「誰であろうと私の邪魔はさせん! そう告げろ」
 たとえ戦いになったとしても、と男は続ける。
「……本当によろしいのですな?」
 使者がそう問いかけた。
「あれらを渡すか、戦争か。好きな方を選べ」
「……その旨、大神官様にお伝えさせていただきます」
 では、と告げると使者は戻ってきたそうだ。
「予想はしていたけど……」
「そこまでバカだったかとしか言いようがないな」
 国民のためを考えれば戦という選択肢は考えられない。それなのに、あの男は迷うことなく自分達の身柄を引き渡すように告げた。それが出来ないのであれば戦も辞さないと言ったという。
「……人の意識を別のそれが乗っ取れるものかな?」
 ふっとそんなつぶやきが漏れる。
「水希?」
「僕が覚えているあいつとは反応が違いすぎる。十数年ほどで人の本性がそこまで代わるとは思えない」
 そう告げれば輔は考え込むような表情を作った。
「立場は人を変えると言うが……本性まで代わることは少ないか」
 人が変わったようと言うが、中身が変わった可能性も否定できないと言うことだな、と彼は続ける。
「まさかとは思うけど……中身だけ大叔父様という可能性は……」
「あるだろうな」
 ひいじいさまの性格を聞いた感じでは執念深かったという話だし、と彼はつぶやく。
「戻れないから呼び出した?」
「しかし、対象は死んでいた。代わりに俺が呼び出された、と」
「じゃ、何で僕まで?」
「……そこまではわからないが……あの男が執着していたからか?」
 どういう意味かは知らないが、と彼は続けた。
「あるいは、お前の前前世がひいばあさまだったりして」
「やめろよ」
 そこまで人間関係を複雑にしたくない。そう思って叫ぶ。
「俺と親戚なのはいやなのか?」
「そう言う問題じゃなくて……これ以上、がんじがらめになりたくない」
「なるほどな」
 どちらにしろ、と彼はため息をつく。
「ここであれこれ考えていても意味はない。あいつに確認しに行くか?」
「……そうだね」  それが一番手っ取り早いだろう。僕もそう言ってうなずいた。

 しかし、大神官様はともかくアルスフィオ殿が軍に同行するとは思わなかった。
「よろしかったのですか?」
 同じように軍に同行していた僕はそう問いかける。
「えぇ。万が一にでも兵が神の御許に行くようなことになれば、そのために祈る者が必要でしょう?」
 アルスフィオ殿はそう言って微笑む。
「そうでなかったとしても、私が同行することで騎士達の士気が上がりましょう」
 当然のことだ、と彼は付け加えた。
「すごいですね。俺にはそこまでの覚悟はありません」
 自分が動くのが一番手っ取り早い。今回付き合うのもそのためだ。輔はそう言いきる。
「それの方がすごいよ」
 自分には無理だ。ため息とともにそう言い返す。
「まぁ、人はそれぞれだから」
 輔が苦笑とともにそう口にしたときだ。
「……あの革命を推し進めた方が……」
 こんな声が聞こえてくる。
「だからだろう? 最後にどうなったか。忘れたわけじゃないだろうが」
 本人の記憶になくても魂は覚えている。だから、先頭に立ってあれこれしたがらなくなったのではないか。輔がそう言い返す。
「確かに。魂は覚えていますからね。あのようなことがあれば先頭に立って戦うことを厭うでしょう。しかも、ご自分の国に行かれるのですし」
 さらにアルスフィオ殿の言葉で文句を言った人間の方が居場所がなくなったらしい。身を縮めているのが見えた。
「……気にするな。元々はアルスフィオ殿が口を滑らせたのが悪い」
「それを言われると……」
「個人情報保護法ってないのか? 知らなければあんなことを言うはずがないだろう?」
 つまり、騎士団長がばらしたと言うことか。そう思って声がした方へと視線を向ければ、上司らしい騎士があいつを殴りつけているのがわかった。
 これで多少はゆるんだ箍がしまってくれればいいが。でなければ今回の戦いで死ぬのは彼だ。そんなことも考える。
「国境です」
 その声に視線を向ければ、敵兵らしき者が見えた。
「随分と集めてきたな」
「嫌々だろう?」
 それならばいいのだが、とため息をついたときである。
「アンデット」
 そこにいたのはスケルトンやグールと言った者達だ。その光景に騎士達も表情を引き締める。
「アルスフィオ殿……」
「わかっています」
 その場に彼の聖句が流れ始めた。それを合図に両軍が戦闘状態になる。
「……まったく……お前はそこにいろ」
 そう言い残すと輔も敵陣へと突っ込んでいった。

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