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20

　先ほどの神官は、やはりここの人間ではないらしい。事実、アルスフィオ殿は驚いていた。
「まさかここでそのようなことをするものがいるとは……」
「それだけ俺たちを連れ戻したいんだろう」
　理由はわからないが、と輔は続ける。
「何をしようとしているんだろうね、本当に」
　それがわからないのが不気味だ、と言い返す。
「確かにな」
　今ですらあれこれとやらかしてくれるのに、と彼もうなずいて見せた。
「とりあえず判定をしてしまいましょう。それで原因がわかるかもしれません」
　アルスフィオ殿がそう言ってくる。
「あちらには何か、あなた方を特定できる方法があったのかもしれません」
「本当、不快だな」
「不思議でもあるけどね」
　自分も知らない『何か』はものすごく気になるけど、と僕はため息をつく。
　父上はご存じだったのだろう。一番上の兄も知っていたような気がする。次兄以下は伝えられていなかったのだろう。
　つまり《王》になる者だけが知っていた、と言うことか。
　もっと勉強をしていれば良かったのかもしれない。
　今更ながらに、そう考える。
　だからといって教えラテ鷹と言えば話は別だろう。しかし、直接教えてもらえなくても何かから推測できたのではないか。そう思わずにいられないのだ。
　そんなことを考えながらアルスフィオ殿について奥へと進んでいく。そこには一枚の石版があった。
「この上にお一人ずつ手を当ててください」
　アルスフィオ殿がそう言ってくる。
　とりあえず、どちらからやるか。視線だけで相談をする。その結果、輔から石版に手を置いた。
「……おや？」
　その結果を確認していたアルスフィオ殿が小さな声を漏らす。
「どうかしました？」
「輔どのご両親のどちらかにあの王家の血が入っているようです」
「……はぁ？」
　まさか想像もしていなかったのだろう。輔は気の抜けた声を出す。
「待てよ……確かうちの母方の高祖母は誰ともしれない男の子をはらんだとか……一人娘だったからその子が跡取りとして家を継いで……」
　だが、すぐに何かを思い出したのかぶつぶつとつぶやき始める。
　そういえば、前世の祖父の弟が一時行方不明になっていたな。戻ってきたときは見覚えのない服を身にまとっていたとか。
　まさかとは思うが、可能性がないわけではない。
　むしろ、どうして戻ってきたのだろう。招喚したのだろうか。それとも何かの事故か。そのあたりがわからない限り、判断に悩む。
　とりあえずわからないことは後回しにしよう。
「次は僕でしょうか」
　そう問いかける。
「えぇ。お願いします」
　肉体の方は間違いなくあちらのもののはずだ。この国の血が入っていることもないはず。僕と輔が親戚だという話は聞いたことはないから大丈夫だろう。
　しかし、だ。
　問題は魂の方まで判別できたときだろう。
　って、困らないと言えば困らないか。少なくとも僕が僕なのは代えようがない。
　自分が自分であるのならば何の不都合もないではないか。胸を張っていればいいだけのこと。
　そう考えて手を伸ばす。
「貴方は……あぁ、そうでしたか」
　だから呼ばれたのか、とアルスフィオ殿はつぶやく。
「あなた様の魂は我らがよく知る方のもの。ある意味、殉教者として祀られておいでの方です」
　いったいいつの間にそういうことになっていたんだ。本人が一番驚いている。
「お前……」
「本人が一番驚愕しているから、何も言わないでくれる？」
「……だよな」
　自分が生きていたときならばともかく、死んでからどんな扱いをされたとしても仕方がない。しかし、それを目の当たりにすることになれば気恥ずかしいと言ったところではない。
「大神官様にご報告しなければ……」
　アルスフィオ殿がこう告げる。
「待ってください……そこまでしなくてもいいのでは……」
「何をお者います！　殉教者様が生まれ変わっていたとなれば聖人として認められてもおかしくはありません」
「ですから、それを待っていただけませんか？」
　自分達はここからいなくなるのだから、ととっさに続けた。
「それは……」
　まさかそう言われるとは思っていなかったのか。アルスフィオ殿は言葉に詰まっている。
「俺たちは帰るために協力を求めに来たんだ」
　きっぱりと輔が言い切った。
「邪魔をするなら、ここから出て行くまで」
　その言葉に僕もうなずく。
「可能性はもらったからね。後は自力でなんとかするよ」
　出来ればもう少し資料をあさりたかったけど仕方がない。だが、なんとかなるだろう。そう思ってこう告げる。
「それは困ります」
　アルスフィオ殿が慌てて言葉を口にした。
「報告は大神官様だけにさせていただきます。その後のことは相談と言うことにしましょう」
　そして彼は深いため息をつくとそう告げる。
「そのあたりが落としどころだろうな」
「……僕もそう思うよ」
　その前に輔と話し合う時間があればいいのだけど。そう考えながらうなずいて見せた。

　周囲を護衛されながらエルスガードさまの元へと向かう。
「……帰ってきた人がいる？」
「そう。問題はその後どうなったかがわからないって言うことだよ」
　もどってきたことだけは知っている。だが、その後のことは誰に聞いてもわからなかった。
　逆に言えば、歴史に残っていないと言うことではないか。
　何かいやなものを感じる。
　しかし、確定だと言い切れない。
　そのあたりがもどかしい。
「厄介だな」
「そうだね」
　ひょっとしたらその人が輔のご先祖様かもしれないのだ。そう考えればうかつなことは言えないのだ。
「その人がどうなったのか。それを調べるのが先決か」
　小声でそんな会話を交わしている。もちろん、日本語で、だ。これで周囲にはわからないはずだ。
「……そうだね」
　わかればいいけれど、と小声で付け加えた。

「それは悪手でしょうね」
　話を聞き終わったエルスガード様がそう言ってくる。
「彼の魂がどなたのものであろうと、今は別の人生を歩いておいでです。それを過去の人生に重ねることは出来ないでしょう」
　今を生きている方の方が優先です、ときっぱりと言い切った。
「ですから、貴方もどなたにも話さないように。いいですね」
「はい」
　アルスフィオ殿は少し不満のようだ。
「まさか、すでに誰かに話してしまったとか……」
「……アルスフィオ？」 「申し訳ありません……」
　騎士団の団長に、と彼は告げる。
「アルスフィオ……それが彼らを危険にさらしかねない行為だとは考えなかったのですか？」 「申し訳ありません……ですが！」
「彼は信用できるでしょう。しかし、彼が話す誰かはどうですか？」 　その言葉に彼は表情をこわばらせる。
「話してしまった以上、仕方がありません。後はどうやって彼らを無事にあちらに帰すか。それを考えましょう」
　それが最優先事項です。そう言うエルスガート様の言葉に誰もがうなずいて見せた。

「あと一息……あと一息で彼女が戻ってくる。性別の差など些細なことよ」
　重要なのはその魂。そして、その身に流れる血よ、と彼は笑った。