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 図書室での収穫はあまりなかった。ただ、魔方陣についてさらりと書かれた本は参考になったと言っていい。
「……なるほど。こうやって教育していく訳か」
「おとぎ話ならだいたいの子供は好きだよね」
「親としても寝物語に語ってやるだろうしな」
 つまり、知らず知らずの間に身につけていると言うことか。あまりに普通すぎて誰も気にしなかったのだろう。
 それよりも、だ。
「妙に向こうで読んだ記憶のある話があるんだが」
「……言われてみれば……」
 と言ってもマイナーな地域の昔話として残っているものがほとんどだが、と僕は付け加える。それでもいくつか日本で昔話としてみた様なものがあった。
「竜宮城ってここだった?」
「否定できないな」
「と言うことは、僕らもそうなるのかな?」
「それは送り返す側の力量次第だろうな」  いくら何でも三百年も離れることはないと思いたい。そんな会話をこそこそとしていた。もちろん、日本語を意識してだ。
 それが良かったのか──それともただ気がつかない振りをしてくれたのか──司書は何も言ってこない。それをいいことに時間ぎりぎりまで図書室で本を読みあさった。
「問題は……僕を帰してもらえるかどうかだね」
 あの国の魔方陣が何を欲しているのか。それがわからない以上、最悪帰れない可能性がある。言外にそう告げた。
「なんとかするしかないな、それも」
 最悪、自力でどうにかしないといけないだろう。彼はそう言う。
「なんとかなるものなの?」
「不本意な方法だがな」
 まぁ、それでも戻れないよりはましだろう。彼はそう付け加える。
「ともかく、だ。午後の判定を受けた後の連中の態度を見て決めるしかないな」
 自分達を素直に帰せばそれでいい。もし、ごねるようならさっさと逃げだそう。彼のその提案に僕はうなずく。
「出来れば穏便に済ませたいけどね」
「だよなぁ」
 いったいどんな結果になるのだろうか。そうつぶやきながら彼は立ち上がる。
「とりあえず昼飯にしようか」
 どちらにしろ、腹が減っては戦にならないしな、と彼は笑った。
「食べられるときに食べないとね」
 また逃げ出すことになればおいしい食事はお預けになるだろうし、と心の中だけで付け加える。
「そう言うことだ」
 じゃ、行くか。そう言うと彼は歩き出す。慌てて僕もその後を追いかけた。

 昼食を食べ終わったのを見計らって誰かが部屋のドアを叩く。
「どなたですか?」
 問いかければ『迎えに来た』と先日会った神官の声が帰ってくる。
 どうすると視線で輔に問いかけた。間違いはないだろうが、万が一の可能性があるからだ。
「すみません。皿をひっくり返して片付けています。十五分後にもう一度来てください」
 そうすれば彼はドアの外に向かってこう言い放つ。
『そう、ですか』
 ドアの外では何かを考え込むような気配がする。
『お手伝いをさせていただきましょうか?』
「今、下着姿なので、他人の目に触れるのはちょっと」
 よくもまぁ、そんなセリフがすらすらと出てくるなと感心してしまう。僕なら途中で焦ってばれてしまうだろうにと思う。
「あぁ、ご心配なさらず。着替えはありますから」
 それだけ言うと彼は視線を向ける。
「片付けている振りをしろ」
 小声でこうささやいてきた。
「了解」
 そう言うとわざと音を立てて皿を重ねていく。他にも水音を立ててふきんを絞ったりした。
 彼は彼で外の気配を探っていたらしい。しばらくして深いため息をついた。
「行ったぞ」
「じゃ、もう演技はいいね」
 ほっとしながらそう言い返す。
「それで?」
「たぶん、黒だ。あの神官じゃなかった可能性がある」
 去って行く足音が女性のものよりも重かった。くだんの神官はどちらかと言えば細身だったろう、と言われて記憶の中を探る。そして小さくうなずいた。
「……他にいる可能性はないかな?」
「今は気配を感じないが……可能性は否定できないな」
「どうしようか?」
「とりあえず、次ぎに来たら出るしかないだろうな」
 そのときに相手がどのような行動をとるか。それで決めればいい。その言葉にうなずく。
「まさかあいつの手のものじゃないよね?」
 ふっと思い出して問いかけてしまう。
「……可能性はあるな」
 一瞬首をひねった後で彼はつぶやくように言葉を発した。
「とりあえずアルスフィオ殿に会ったところで報告だけはしておこう」
 しかし、本当にしつこい。
 どうしてここまでしつこいのか。教皇様の言葉だけでは納得できない。何か他の理由があるのではないか。
「面倒くさい」
 それを考えるだけでため息が出る。
「本当にな」
 彼もそう言うとため息をついた。

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