17


 神殿は朝日が昇る前に動き出す。その気配で僕たちも目が覚めた。
「随分と早いな」
「朝の礼拝だろうね」
「そうか」
「僕たちはここで待機していればいいと思うけど」
 きっと終わったら誰かが呼びに来るんじゃないかな? と僕は告げる。
「なら、もう一眠りするか」
 彼はそう告げるとベッドの上に体を横たえた。
「起きれなくても知らないよ」
 そんな彼に向けて僕は声をかける。
「大丈夫。お前以外の気配を感じたら目が覚めるから」
「……マジ?」
「あぁ。だから、お休み」
 言葉とともに彼は目を閉じた。すぐに寝息が聞こえてくる。
「寝付きがいいのか。それとも安心して寝られないから寝不足なのか。どっちだろうね」
 あまりの寝付きの良さに感心すればいいのか呆れればいいのかわからないままこうつぶやく。
「ともかく、疲れているようだから休んでもらっていればいいか」
 そうつぶやくと彼のことは放っておくことにした。
 だが、そうなれば時間が出来る。
 どうしようか。
 そう考えて僕は荷物の中から筆記用具と手帳を取り出す。
「とりあえず、疑問点を書き出しておこうか」
 脳内メモだけだと忘れかねないから、とつぶやく。それに、こうして書き出せば問題点の整理も出来る。それは今必要なことだろう。文字を書き出しながらそんなことを考える。
 しかし、とため息をつく。
「詰んでないか、これ」
 あの国は、と付け加えた。
 教団からの加護はすでに遠くなり、周囲の国との関係も悪化している。そして、穀物の生育も悪い。
 あの時までであれば周囲の国から輸入も出来ただろう。しかし、今は難しいとしか言いようがない。
 それでも民間人はなんとかなるのではないか。少なくとも彼らが逃れてきた場合、周囲の国は救援の手をさしのべてくれるだろう。
 しかし、支配者階級は違う。それがわかっているから、彼らも焦っているのではないか。
 でも、とため息をつく。
「どうして僕たちなんだろう」
 百歩譲って僕だけならば納得できる。しかし、あの時の様子から判断すれば輔も目的だったようだ。
「このあたりは大神官様にお目にかかったときに聞いてみよう」
 そうつぶやきながら書いたメモを大きな丸で囲む。
「後は魔法についてか」
 そちらについては輔の管轄だろう。そうつぶやいたときだ。輔がいきなり起き上がる。
「輔?」
「お迎えが来たようだぞ」
 彼の言葉とともにノックの音が響いた。

 堅苦しい謁見室ではなく小さな今での面会となったのはいいことなのだろう。
 そう思いながら目を向ければ大神官様が気づいたらしい。柔らかな笑みを浮かべてみせる。白銀の髪に薄紫の瞳のその人は、笑みを浮かべれば本当に神々しい。
 そんなことを考えながらぼーっと見つめていたときだ。
「初めまして。大神官を拝命しているエルスガートです」
 微笑みを絶やさないまま彼が名乗る。本当ならば僕たちの方が先に名乗らなければいけないのに。大神官様に先に名乗られた場合どうすれば良かったっけ。
 などと半ばパニックになる。
「俺は輔。こいつは水希。あいにくと異世界から強引に連れてこられたから、礼儀作法に関しては大目に見てほしい」
 その間に彼がそつなく自己紹介をしてくれた。
「えぇ、かまいません」
 少しだけパニックが収まってくる。
「しかし、なぜ、小部屋なのですか?」
 得体の知れない人間に会うときは謁見室の方がいいのでは、と言外ににじませながら問いかけた。
「あぁ。それは大丈夫ですよ」
 エルスガート様はあっさりとこう言い返す。
「この方はお強いですから」
 そばに控えていたアルスフィオ殿がこう続けた。
「大神官になられるまえは武闘派で通っていましたから。多少のことならばご自分で解決されてしまわれる」
 ため息交じりの言葉に輔が苦笑を浮かべる。見た目によらず武闘派らしい。
「それに、ここで大きな音を出せば周囲から護衛の者が飛び込んでくるだろう」
「それならばこの人数も納得できます」
 僕はそう言う。
「確かに。ご本人がある程度戦えるなら時間稼ぎは可能でしょうね」
 彼もそう言って頷く。
「えぇ。あの戦乱の時代、あちらこちらで皆様をお救いするためにはそのくらい出来ないといけませんでしたから」
「あの戦乱の時代、と言われると?」
「異世界人であるあなた方はご存じありませんでしたか。あの国で革命があったのですよ。そのせいで世界がかなりあれていました」
 その中で教義を広めたり難民を救ったりするためにはある程度力が必要だった。エルスガート様はそう告げる。
「……今もかなりあれていますね、あの国は」
 ため息交じりにそう口にした。
「えぇ。最悪の場合、我々が動くことになるでしょう」
 その言葉に僕は少しだけ安心する。
「それならば一般市民は安心ですね」
 おそらく何かあれな教団が責任を持って守ってくれるだろう。
「もちろんですとも」
 アルスフィオ殿がそう言って笑った。
「お前、本当に一般民衆のこととなるとどこの誰だろうと気にかけるんだな」
「だって、彼らの多くは力を持たない人達だよ。まぁ、昔のフランス革命の時のような例もあるわけだけど」
 年寄りや子供は戦う統べすら持たないの普通ではないか。たいていの人にしても扇動する人間がいなければ自分の身を守るだけで精一杯だろうし、と続ける。
「そうですね。あの国の《王》を僭称している者がいなければ多くの市民は無害でしょう」
 エルスガート様がそう告げた。
「せめて王族の誰かが生き残っていてくだされば良かったのですが、残っているのは血が薄い方だけですし」
 招喚の儀を行ったのであればその方々もあるいは……と彼は視線を落とす。
「どういうことだよ、それは」
「あれはあの国の王族の命を吸い取るのです。と言っても直系であれば二三日寝込む程度でしょう。しかし、かの方々は傍系も傍系です」
 どこまで吸い取られたか、定かではない。そう告げる。
「そんなことをしてまで呼び出したかったのはなんなんだよ」
 輔がそうつぶやく。
「あなた方でしょう」
 エルスガート様がそう言い返してきた。

Copyright(c) 2019-2020 fumiduki All rights reserved.