還
15
犯人は縛り上げて荷馬車に詰め込んだ。このまま出発するらしい。
「しかし、お見事でしたな」
「さんざんやったからね。水希だって同じことはできるだろう?」
即座に輔は人に話を振ってくる。
「僕は剣はそこまで使えないって。弓ならばそれなりに自信があるけど」
剣を使えばどうしても前世の癖が出る。それでばれては困るから、と心の中だけで付け加えた。
「……まぁ、な。俺も剣ならあんなものだ」
魔法を使えないのはつらいな、とアルスフィオ殿から見えないように唇の動きだけで続ける。
「本当。あちらとは違うからね」
いろいろと、と言葉を返しておく。
「問題は、どこまで行けば安全なのか、と言うことです」
このあたりはすでに教団の影響が強い地域だったはず。それなのに襲われたと言うことはかなりの場所まで手を伸ばしているのではないか。
「……まさか……」
アルトフィオ殿は顔を青ざめるとそう告げる。
「わからない以上、最悪を考えて行動すべきだろう」
それに輔が言葉を返す。
「神官様は疑っていません。しかし、大神殿がある以上、各国から巡礼が来るのではありませんか?」
彼らの素性を完全に把握できているのか、と言外に問いかける。
「……それはそうですが……」
アルスフィオ殿はまだ納得できないらしい。どうやら彼は性善説の人のようだ。まぁ、それは当然なのだろうが。
「悪意ある人間が手の者を使って情報を集める。よくあることでしょう?」
今回はそれが使われたのではないか。
「もしそうだとするなら、大神官様は……」
「大丈夫だろう。あの方に手を出したら各国が動くだろうからな」
「さすがに一カ国で他の国を相手に出来ないか」
「あぁ。よほどの大国でない限り無理だ」
つまり、大神官を狙う可能性は限りなく低い。今のところはと注釈がつけられるだろうが、それは目の前の人物が知る必要がないことだ。
「だからここだったのかもね」
「水希?」
「この周囲を確認したけど人目はない。それに逃げ込むための森も近いから襲撃をするには最適だろうと思うけど?」
そういえば彼は納得したようにうなずく。
「確かにな」
ここは襲撃しやすい場所だ、と続ける。
「ついでにここ以外に大神殿への道はいくつありますか?」
そう言う場所に似たようなもの達が潜んでいるのではないか。輔はアルスフィオ殿に向かってそう告げた。
「……そのようなことはない、と言いきれませんね……」
現実問題としてここで襲撃されたのだから、とアルスフィオ殿はため息交じりに言葉を返してくる。
どうやら彼も性善説だけではやっていけないことは知っていたらしい。それでも人の良心を信じたいという宗教者としても気持ちも理解できた。
だが、欲に駆られれば何をしでかすかわからないのも人間の一面だと思う。
そして、正しいことをしていると思える人間が時とともに変わってしまうという事実もだ。
本当、時間って残酷だよな。
あれだけ理想に燃えていた人間がああなっているなんて誰が考えただろうか。
間近で見ていればまだあきらめもついただろう。しかし、俺はあの瞬間からいきなり現実を目の前に突きつけられたからな。本当に驚いた。
「しかし、どうしてそこまであなた方に執着をするのか……大神官様はご存じのようですが……」
その言葉に輔が少し目を眇める。しかし、僕にとっては普通のことだ。
「あの方は神に愛されております。そして、神を身に宿すこともあるのです」
大神殿にいる限り成長することも死ぬこともない。ずっとそのままそこにいるのが大神官というものだ。
もっとも輔は知らないから意味がわからないと言う表情をしている。
「あの方は大神殿にいらっしゃる限りお年を召されません」
逆に言えば、一歩でも大神殿の敷地を出たらそれまでの年月が一気に降りかかってくるとか。
「……そうか」
つまり、敷地を出た瞬間朽ち果てると言うことか。彼はそうつぶやく。
「神官の役目の一つに昔からの教えを守り伝えるというものがあります。大神官様はそれを具現化しておられるのです」
いすに座り直しながらアルスフィオ殿はそう告げた。
「我々が忘れ去ってしまった昔の技術もご存じのはずです」
さらに彼はそう続ける。
「魔法についてもご存じなのかな?」
ふっと輔がつぶやくようにそう告げた。
「あると思うの?」
「魔方陣が残っているからな」
一般人は使えなくても記録には残っているだろう。そして、大神官は使えるのではないか。輔はそう考えているらしい。
「魔法という単語ではなく別の名前でだろうが」
「……そうなると神の御技かな?」
「あぁ。確かにそうかもしれないな」
うなずきながら二人でアルスフィオ殿を見つめる。
「そのあたりも大神官様にお聞きください」
自分の一存では答えられない、とアルスフィオ殿は答えた。
「まぁ、そうでしょうね」
神殿の秘密に迫ることだから、そう簡単に他人には明かせないと行ったところだろう。
「大神殿に行かないとわからないってことか」
「行けばいいだけだからいいけど……襲撃だけはねぇ」
「とりあえず勘を取り戻すにはいいかな?」
そんな会話を交わしている僕たちにアルスフィオ殿は表情をこわばらせた。
「またあると?」
「可能性だけは考えておくべきでしょう」
あれが最後だという可能性もあるが、と続ける。
「半々か?」
「四分六かもな」
あの男のしつこさを考えれば、と輔は言う。
「本当。どうしてあそこまで僕たちにこだわるんだろうね」
それがわからない以上、対策のとりようがない。そう告げる僕に輔はうなずいて見せた。
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