還
14
やはり敵も訓練された騎士かあるいは傭兵のようだ。ただ、馬に乗っている分だけこちらの方が有利に思える。
しかし、だ。
だからといって油断していればあっという間に喰われるだろう。
事実、微妙に推されているような気がする。
「まずくないか?」
同じ気持ちだったのか。彼が問いかけてくる。
「今はね。でも、別働隊が動いているから……」
たぶん、脇から襲うつもりだろう。問題は連中がそれに気づいているかどうかだ。
「でも、気づかれていたら詰むだろうね」
正直にそう告げる。
「どう見ても殺しにかかっているよな」
自分達の生死は気にしていない、と輔がつぶやく。
「まさか……」
何か思い当たることがあったのか。アルスフィオ殿が目をむく。
「アルスフィオさま?」
「そういった薬草が先年、発見されました」
人を命令だけを遂行する存在にするために、と彼は続ける。自分の知識にそれがないと言うことはここ十年ほどのことなのだろう。
しかし、と心の中で付け加える。
いったい誰がどのような目的でそのようなものを見つけたのか。
「発見されたと言うことは、使われているのですか?」
「使うな、と命じているのだがね……中には使いたがるものがいるのですよ」
効用を知らなければなぜ禁止されるのか納得できないという薬師や、今回のように使い捨ての駒がほしいもの達のように。そうアルスフィオ殿は答える。
「確かに、使い捨ての駒にはいいよな」
これは……と輔もうなずく。
「悪趣味だね」
「それは否定しない」
僕のつぶやきに彼はうなずく。そのまま借りている剣を手にした。
「輔?」
「ちょっと体動かしてくる」
鬱憤もたまっていることだし。そう付け加えると馬車から飛び降りる。
「ちょっと!」
「お前はアルスフィオ殿を守っていろ!」
「そのつもりだけど……」
でも、と続けようとした。
「大丈夫。あのくらいならなんとでもなる」
その言葉とともに彼は戦闘の中に飛び込んでいく。
「……本気で鬱憤たまっていたんだ」
感心していいのか、呆れればいいのか。そうつぶやきながら僕も剣を取り出す。
「大丈夫でしょうか」
アルスフィオ殿が不安げな表情で問いかけてくる。
「私はお二人を無事に大神官様の元へお届けしなければいけないのですが」
「大丈夫ですよ。彼は強いですから」
特にこういうときは、と微笑みながら言う。もちろん、自分はその状況を見たことがないとは言わない。
「それよりも、騎士団の方を立て直させてください」
今のままでは一部を除いて壊滅しかねない。それは素人目にみでも顕かだ。
「……そうでした」
アルスフィオ殿ははっとしたような表情でうなずく。そして、外にいるもの達に命じる。
「隊列を立て直しなさい! あぁ、あの方の邪魔をしないように」
「ですが……」
「心配いりません。あなた方はあなた方の責務を果たしなさい」
アルスフィオ殿の毅然とした態度に彼らもそれ以上反論できなかったようだ。いや、それよりも目の前で襲撃者をばたばた倒している輔の存在のせいかもしれない。
「……殺していなければいいけど」
小声でそうつぶやく。
「殺しても罪にはなりませんが?」
「でも、誰の命令か、わからないでしょう?」
最低でも直接命じた人間の名前ぐらいは確認しておかないと、と言葉を返す。
「それに……理由がわからないので」
なぜ、この場所がわかったのか。それを知らなければこの先、また同じことが起きるだろう。そう続ける。
「確かにそうですね」
なぜ、神殿に逆らってまで自分達を殺そうとするのか。その理由を知らなければいけないだろう。アルスフィオ殿もそう言ってうなずく。
まぁ、全員殺そうという理由は想像がついている。
いわゆる『死人に口なし』と言うやつだ。
全滅させてしまえば犯人が誰か、教団側は知る方法を持たない。それ以前に時間を稼ぐことも可能だ。その間に自分達の希望を叶えてしまえばいい。
本当に厄介な連中だ、とそうつぶやく。
「……指揮官は一人かな?」
すべての事情を知っているのは、と続ける。
「輔がそいつを殺してしまわないといいんだけど」
彼もそのくらいは考えているはずだ。しかし、相手の抵抗が激しければどうだろうか。考えれば考えるほど難しい状況だと言える。
もっとも、と心の中だけで続けた。
あの頃に比べればいくつかの手を考えられるだけましだろう。
前世の頃は策を一つしか見つけられないと言うことも多いあった。あるいは力緒しか。そのためにどれだけの命を失ったのか。
あいつもそれを忘れてはいないはず。
それなのに、どうして……とため息をつく。
それこそ考えても仕方がないことなのだろう。今のあいつは僕の知っている彼じゃないのだから。
事実を認めることはいつでもつらい。
だが、事実である以上、目をそらすことは出来なかった。
何よりも、と続ける。彼が変わったのはいつなのか。それを知らなければいけない。
まぁ、その前にここを切り抜けなければいけないわけだけど。
「……オーバーキルじゃね?」
気がついたら周囲に襲撃者はほとんどいなかった。その半数以上を倒したのは輔だ。
「さすがと言っていいのでしょうか」
アルスフィオどの黙唱を浮かべている。
「それでも、これからどうすればいいのかわかったのは幸いでしょうね」
騎士団を締め上げなければ、と彼は続けた。そんな風に前向きに考えられるのはさすがだ。
「とりあえずすかっとしたかな?」
輔は輔でそう言いながら戻ってくる。
「後のことはお任せください」
騎士の一人が最上級の礼を持ってこう言ってきた。それも輔の技量を見たからだろう。
「とりあえず無事で良かった」
無茶はダメだよ、と口にする。
「何があるかわからないんだから」
「……確かにな」
僕の言葉に彼は通策うなずいて見せた。
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