02


 何というか、気がつけば本好きグループというのができていた。
 他の趣味やらなにかはばらばらなのに、本が好きという一点だけで親近感がわくものなんだ。もっとも、その中でも特に親しいと言えるのは一握りだ。
 他は、要するに切実な理由というもので繋がっている。
 高校生の小遣いは無限ではない。
 そして、その全てを本に費やせるわけではないのだ。
 特に、家に帰る前の買い食いというのは重要だと言っていい。運動部に属していればなおさらだ。
 かといって、図書館はなあ。学校の図書館には最新の本は入ってこない。入ってきても取り合いだ。しの図書館も新刊は予約制だし。
 そう言うわけで、友人達と本の貸し借りをすることになったわけだ。
 今日もそういった仲間達とおすすめの本を持ち寄っている。しかし、俺にはどうしても納得できない種類の本があった。
「異世界召喚ものならパス」
 最近はやっているというそのたぐいの本が俺はどうしても我慢できない。
「何でや?」
 友人の一人がこう問いかけてくる。
「嫌いだから」  それに一言、こう答えた。
「うん。それはわかっているよ。でも、その理由が聞きたいな、僕も」  それに輔が問いかけている。
「水希がそう思っているのはともかく、理由がわからないとフォローできないし」
 そう続けた彼に『フォローとは何だ』と思いつつも言葉を返す。
「他力本願だから、かな? 他人を巻き込むな、と思ってしまう」  最初に読んだ物語がまずかったのか。それとも、過去の自分達を思い出すからか。どちらの比重が大きいのかわからない。
「自分達は安全なところにいるくせに、とかな」
 自国のことであるならば、まずは自分達が手を汚すべきなのだ。それをせずに、全く関係のない人間に押しつけて高みの見物というのは無責任だろう。
「そう言われると納得やねぇ」
「否定できない」
 俺の言葉に友人達は頷く。
「異世界トリップなら好きだぞ。あれは事故だからな」
 一方通行である以上、そこで自分の足場を固めようとするのは当然ではないか。
「そのあたりの区別は難しいと思うけどねぇ」
 あきれたように輔が口にする。
「あくまでも俺個人の主観だけどな」
「好き嫌いなんて、主観以外の何物でもないよね」
「だけど、主観が大切だよな、本を選ぶのに」
 嫌いなジャンルを読んでも楽しめない。いや、作家によっては読めるか。
「恋愛ものは苦手だ」
 これもちゃんとストーリーがあるなら理解できる。しかし、ただやっているだけとかその手のは苦手だ。
「男女ならまだいいけどな」
 輔――こいつは親友と言ってもいいのではないか。もっとも、相手がどう思っているか確かめたことはない――が笑いながら言う。
「あぁ……そう言えばあったな」
 そう言って俺はうなずく。
「女の子同士なら好物だぞ」
 他の友人がこう言ってくる。
「それは別の問題だろう」
 こう言えば、皆が笑ってくれた。

 何故、自分はここにいるのか。
 ずらりと並んだ人々の服装や見覚えのある光景に頭を抱えたくなる。
「ようこそ。異世界の勇者達よ」
 その上、聞き覚えのある声まで聞こえてくればさらにそれは増幅される。
「我らは貴殿らを待っていた」
 その声に吐き気を感じるくらい嫌悪感を覚えた。視線を向ければ、どうすればここまで丸くなれるのかと言いたくなるくらい肥えた姿が確認できる。そこには過去にあったような志はまるで感じらない。ただ、己の利益のみを追求しているようなその姿に憎しみすらわいてくる。
 自分はこんな奴らのために父を殺し、己の命を捨てたのか。
  そう考えた瞬間、怒りで全身が震えた。こうなるとわかっていたならもっと別の方法をとったのに。そうしなかったのは単純に民の疲弊が限界まで来ていたこと。そして、父の意思を帰るまでにその命をつなぐのが難しいと報告があったからだ。
 ひょっとすれば、その報告ですら虚偽だったのではないか。
 あり得ないとわかっていても、そんなことすら考えてしまう。
「実は今、我々は危機に瀕している。既に我々の力ではどうすることも出来ないのだ」
その言葉に自分だけでなく彼も顔をしかめた。
「俺達には全く関係ないことだよな、それは」
怒りすらにじませて輔は言葉を吐き出す。
「勝手に呼び出しておいて汚れ仕事を押しつける気かよ。素直に言うことを聞くと思ってるのか」
おめでたい頭だな、と彼はオブラートに包むこともなくさらに続けた。
「確かに。自分の尻は自分で拭けと言うしね」
 それもできないようじゃ最低だよね、と俺もうなずく。
「お前達……」
「それとも、自分達でなんとかできるのか?」
 できないから俺たちを呼んだんだろう、と冷たい声音で彼は告げる。
「他力本願だよね。それとも、汚れ仕事は誰かに押しつけたいだけ?」
 最低だよな、通れもうなずく。
「そもそもこちらの合意をとらないで連れてくるって言うのは人さらいと同じだよね」
「全くだ。それとも、自分達には大義名分があるって言うのか?」
「それはそっちの都合だけだよね」
 僕たちには関係のない事実だ、と続ければ彼も同意をしてくれる。
「お前達! 王に対して不敬であろう」
 かつての仲間の一人がそう叫ぶ。
「王様って言っても、俺たちはこの国の人間じゃない。もっと言えば、この世界の人間じゃないんだがな」
「不敬と言うけど、僕たちは真実しか言っていないと思うんだけど?」
 この世界の人間じゃないもの──しかも先ほど召喚されたばかりの僕たちの行為のどこが不敬なのか。はっきりと教えてくれ。そう続ければ、彼は視線をそらす。
 この世界の人間ではないものに常識を教えなければいけない。その事実を思い出したらしいのだ。
「そう言うわけだから、さっさと帰してくれないかな?」
 輔がきっぱりと言い切る。
「それともできないのか?」
 彼はさらにそう続けた。
「……それは……」
「できないなら、ますます協力できないな」
 彼の言葉に僕もうなずく。
「そうだね。こちらにとって必要なことは何一つ差し出さず、ただ手を汚すことを強要する。最低だよね」
 さらにこう続けた。
「……この国の爵位ではダメか?」
 宰相がこう問いかけてくる。
「意味ないな」
 輔がそれを一刀両断にした。
「俺たちが望むのはあちらへの帰還。それだけだ」
 それ以外のものに意味はない。彼はさらにそう続ける。
「それが得られるなら、まぁ考えてやらんでもない」
 何事も等価交換だよな、と彼は続けた。
「貴様達……自分が何を言っているのか、理解しているのか?」
 歯の隙間から押し出すようにあいつが言葉を発する。
「もちろん」
「僕たちの望みを叶えてくれるかどうか。それを聞かせてほしいと言っているだけだよ?」
 そんな突飛な希望でもないだろう、と僕はあいつを見つめた。
 昔の面影はある。しかし、理想を見つめていたその瞳は、今はくらく濁っていた。すでにその希望を手放してしまったのか。それとも……と心の中だけで付け加える。
「それとも、帰せないのかな?」
 視線をそらすことなく問いかけた。それにあいつは一瞬目をそらす。それが答えなのだろう。
「そいつらを地下牢に放り込んでおけ!」
 不意にあいつがこう叫ぶ。
「自分の置かれている立場を認識させろ」
 その言葉に周囲にいた兵士がようやく動き出した。

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