01


 夜明け前の牢──と言うには少し豪華だが──で一人そのときを待っていた。
 そこに玻璃でできたグラスを持った神官達が入ってくる。
「時間か?」
 そう問いかければ、彼らは小さくうなずく。そして、その中の一人が沈痛な表情で空色の液体が入ったグラスを手渡してくる。
「……殿下」
 申し訳ありません、と彼は震えながら口にした。
「気にするな。こうして、毒をあおることを許されただけでも恩赦と言えるだろう」
 本来であれば、父殺しはもっとも重い罪だ。八つ裂きもあり得る。まして、父は《王》だった。例え、民衆からは恨まれ、周囲の国々からは憎まれていようとも、だ。
 それでも、まだ人間界だけで全てを終わらせておけばよかったのだ。
 父の最大の罪は魔界へと兵を送ったことかもしれない。
 これ以上は見過ごせない。
 しかし、暗殺しようにも、誰も父のそばまで近寄ることはできなかった――自分一人を除いては、だ。
 いや、以前にはもっと大勢いた。だが、王妃をはじめとする妃達を始め、兄達も父の不興を買って死を賜っていた。
 いや、彼らだけではない。父をいさめようとした重臣達もだ

 自分が生き残っていたのは、単に王宮を離れた場所で生きていたからに他ならない。
 身分を隠し、市井のものと交わって隠れながら過ごしていた。
 だからこそ民衆が父をどう思っていたのか、よく知っている。
 そして、父も民衆がどう思っていたかを知っていたからこそ、ますます他人を信用しなくなった。
 それがさらに悪化して、最終的には人前に出ることもなくなったのだとか。
 そこまで他人を信用していないのであれば、早々に王座を下りればよかったのだ。
 そうすれば、ここまで憎まれなくてもすんだだろう。
 しかし、民衆の怒りはとうとう抑えきれないところまで来ていた。同時に、俺が父の息子だと言うこともばれた。
 それでも、俺は父を殺すなどと言うことは考えなかった。
 ただ、父と仲間達。父と民衆。それらを秤にかければどうしても後者の方が重かっただけだ。
 だから、最後には父を暗殺することにした。
 その後に待っているものが何かを知っていて、だ。
 そして、それを実行した結果、自分は裁かれることになった。
「父の罪は、私の罪でもある」
 だから、父の血はここで途絶えさせるべきなのだ。
 もちろん、逝きたくないと言えば嘘になる。
 それ以上に、これ以上、父をあしざまに言う声を聞きたくない。
 あぁ、そうだ。
 自分は母や兄を殺した父を憎んでいた。
 だが、それと同じくらい愛していたのだ。
「……御遺言があれば、承ります」
 神官が声を震わせながら言葉を口にする。
 そう言われても、すぐに言葉が出てこない。
 これから未来を作っていく仲間達に恨み辛みを残していくわけにはいかないだろうし、と心の中で呟く。
「本来であれば、ご自分の口で直接、皆様にお伝えになりたいでしょうが」
 だが、彼らは後始末をするために奔走している。自分のために時間を取らせるわけにはいかないだろう。
 しかし、何も言い残していかないというのも彼らには重荷になるかもしれない。
「……後のことを頼む、と」
 結局、口から出たのはそんなありきたりの言葉だった。
「確かに、お伝えいたします」
 そう言うと、神官は耐えられないというように目を伏せる。
 それを確認して、手の中のグラスを飲み干した。

 気がついたとき、俺は今までとは全く違う世界にいた。
 魔法も魔族もいない世界。
 しかし、代わりにここには化学があった。そして、俺──僕が住んでいる国には――表面上――身分による差別も何もない。努力さえすれば上に上がれる世界だった。
「いい世界だよな」
 もちろん、悪い面だってたくさんある。それでも、僕にはそう思えた。
「時間だよ」
「はい、父さん。今行きます」
 何よりもいいのは両親と間近に接していられると言うことだ。前の時のように離れていると話しもできない。だから、溝が大きくなったのではないか。
 今だって誤解が生じないわけではない。それでもお互いの意見をぶつけ合って納得できることだって多いのだ。納得できなくても妥協し合うこともできる。そういえば進学をする高校を決めるときもそうだったな。苦笑を浮かべつつ、僕はもう一度制服を確認する。
「よし」
 大丈夫、と呟くと部屋を出た。

Copyright(c) 2019 fumiduki All rights reserved.