天秤の右腕

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  65  



 今頃、ユニウスセブンでは調停式が行われているだろう。
 しかし、カガリにとっては今目の前にいる人物の方が重要だった。
「久しぶりだね、カガリ」
 目に涙を浮かべている彼女になんと声をかけるか。悩んだところで出たのがこの一言だった。
「バカ……」
「ひどいなぁ」
 カガリの言葉にそう言い返すと彼女はいきなり抱きついてくる。
「久々だからだろうが! もっと早く戻ってこい」
「そう言われても……いろいろと都合が合ったんだし……」
 第一、戦争中は誰かさんと違ってほいほい来られないだろう……とつぶやく。何よりもこの足になれなければいけなかったのだ。そんな余裕があるはずがない。
「それはそうかもしれないが……」
 カガリだってそれはわかっていたらしい。いや、キラが知らない何かを知っているのかもしれないが。
「せめて連絡くらいくれてもいいだろう?」
「……メールは出してたよ?」
 それだけじゃ足りなかった? と問いかける。
「足りないと言うより……なぜ、そこ場に自分がいないのかが悔しくてな」
 あんなことがなければ自分が一番近くにいられたのに、と彼女は続けた。
「そこまでにしておけ」
 呆れたようにミナが口を挟んでくる。
「そこのキラの友人達も呆れておるぞ」
 この言葉にキラは後ろを仰ぎ見た。しかし、残念なことにレイ以外の人間の顔を確認することは出来なかった。
「……キラさんに聞いていましたが、すごいですね」
 レイがそうつぶやくのが聞こえる。
「本当に。気持ちがわからないでもないが、ちょっとな」
 アスランも呆れているのがわかった。ついでに彼はキラの頭をなでてくる。キラもそれを振り払うことはしない。
「こいつは?」
 それにむかついたのか。カガリが問いかけてくる。
「アスランだよ。僕の幼なじみの」
 それが何? とキラは聞き返す。
「……それだけか?」
「何が言いたいの?」
 意味がわからない、と首をかしげる。
「カガリ、そこまでだ。キラ。お客人を中に案内してくれ」
 いろいろと相談せねばならぬこともある故、とミナが言う。おそらくその間にカガリを落ち着かせてくれるのだろう、とキラは判断する。
「はい」
 うなずくとキラはレイに合図を送って車いすを動かしてもらう。アスランとラクス、それにミーアもその後をついてきた。
「ごめん。離れたときの状況が状況だったから暴走したみたい」
 カガリは、とキラは口にする。
「その気持ちはわかります」
「えぇ。どれだけひどいけがだったのかを考えれば当然でしょう?」
 レイとラクスが二人でうなずき合う。
「それを考えても度を超しているような気がするが……」
「……カガリだからね」
「それで納得できるお前が怖い」
「だって、それしか言いようがないよ。昔から暴走するとあれこれやらかしてくれるし」
「そうか……」
 それに慣れてしまっているから普通だと思ったのか。アスランはそうつぶやく。
「それよりも、皆は明日からどうするの?」
 慌ててキラは話題を変える。
「わたくしたちはコンサートですわ」
「オーブの方々と一緒だそうです」
 ラクスとミーアは即座にそう言葉を返してきた。
「アスランも顔だけは出してくださいね」
 さりげなくラクスがそう釘を刺す。
「お墓参りが終わったらな」
「ごめんね、ラクス。父さんと母さんのお墓に一緒に行こうって……」
 アスランの言葉をフォローするかのようにキラは口を開く。それでラクスの表情が柔らかくなった。
「それなら仕方がありませんわね。でも、その後で絶対ですわよ!」
「わかってる」
 アスランがうなずいたところでラクスはほっとしたように微笑む。
 その背後でミーアが微妙に震えていたのは錯覚だろうか。おそらく何かを考えているだろうな、とそう思う。
「あぁ、そこだよ」
 右のドア、とキラは言った。
「そこで皆を待っていよう」
 さらに続けられた言葉に異論はないらしい。彼らは静かにうなずいて見せた。

 夕方、キラはアスランとカガリ、レイとともに墓地に来ていた。真新しい墓標がいくつも並んでいるその中にキラの両親のものもあった。
「……父さん、母さん……ただいま」
 キラの言葉をアスラン達は黙って聞いている。
「アスランも来てくれたよ」
 そう言われてアスランが一歩前に踏み出した。
「おじさん、おばさん、お久しぶりです……そちらでは母と仲良くしていらっしゃいますか?」
 そう言いながら手にしていた花をそっと墓標の前に置く。
「大丈夫じゃないかな?」
「キラ……」
「ごめん……調べていたら見つけちゃって……だいぶ前から知っていた」
 アスランが話題に出さなかったから言いたくないんだって思っていた。キラはそう続ける。
「言いたくないと言うより……言えばお前が傷つくんじゃないかと思っていただけで……」
 ご両親を亡くしたところにさらに親しくしていた人間の死を伝えることは、とアスランは口にした。
「気を遣わせちゃったんだね」
 ありがとう、とキラは微笑む。
「いや。それもお前の努力の結果だろう?」
 キラが現実を見て前に進もうとしたからそうなったのではないか。彼のその言葉にキラは笑みを深める。
「そう思ってくれればうれしいな」
 そう口にした瞬間だ。キラは小さなくしゃみをする。
「いい加減戻ろう。このままでは体に悪いぞ」
 カガリがそう言ってきた。
「キラさん。膝掛けをかけてください」
 レイはレイでそう告げるとキラの膝に膝掛けをかけてくれる。
「持ってきてたんだ」
「キラさんの健康管理は俺の役目ですから当然です」
 レイは胸を張ってこう言い切った。
「好きな人が出来たらいつでもやめていいからね」
 キラはそう告げる。
「大丈夫です。俺と同じくらいキラさんを大切にしてくれる人間を探しますから」
 なんかものすごくハードルが高い条件を出しているような気がするんだけど、とキラはつぶやく。
「……ラクスも同じようなことを言っていたな、そういえば」
 しかし、それを聞いたアスランがこう口にした。
「なんだ? 随分と過保護なメンバーがそろっているじゃないか」
 呆れたようにカガリが口にする。
「安心できるでしょう?」
 苦笑とともにキラは言い返す。
「まぁな」
 それでも、とカガリは目を伏せる。
「私はお前にここにいて欲しいと思っている」
 無理だとはわかっていても、と彼女は続けた。
「……そうだね。僕はもうオーブの人間じゃないから」
 キラは一言一言かみしめるように言葉を口にする。それをカガリに言うのは酷だとわかっているからだ。
「でも、こうして会いには来れるよ」
「……まぁ、それで我慢しておくか」
 これからはいつでも帰ってこられるんだし、とカガリは自分に言い聞かせるように口にする。
「もっとも、いやになったらいつでも戻ってきてくれていいんだぞ」
「そんなことがあるはずがないです」
 レイだけではなくアスランも声をそろえてそう言い返す。その声のそろい方がおかしくてその場にいたもの達は笑い声を上げた。

 その後、地球軍は規模を縮小された。しかし、いつまたバカなことを考えるかわからないと言うことでザフトは存続することになる。ラウは今もそこで隊長をしている。
 一方、アスランは除隊をしてカレッジに戻った。
 ラクスとミーアは今も歌姫としてあちらこちらを動き回っている。意外と言っていいのか。地球ではミーアの方が人気らしい。ただ、歌ではなく、その化粧技術が人気の理由だという事実に本人は微妙な表情を作っていたが。
 例はようやく条件に合う人物を見つけたのか。よく家でデートをしているようだ。微妙に問題があるような気もするが、本人が幸せならばそれで十分だろう。
 そして、キラは今でも車いすが手放せないものの、プラントとオーブを往復してプログラミングを励んでいる。そのときにそばにいるのはアスランだ。
「さて、今日はどこの作業だったかな?」
 こうつぶやきながらキラはパソコンを起動させる。そして作業ファイルを確認した。
「うん」
 これならばすぐだ、とキラはつぶやく。そしてキーボードを叩き始めた。
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最遊釈厄伝