「さて……鬼が出るか蛇が出るか……」
 バスターのコクピットの中で、ディアッカは口元に笑いを刻んでいた。
「藪蛇って可能性もあるが……まぁ、それはその時だよな」
 あちらさんの反応次第だ、とディアッカは付け加える。少しでも相手に良心が残っていてくれれば、キラのためにはいいのかもしれない。だが、相手がナチュラル――地球軍の軍人――である以上、あまり期待はしない方がいいであろう。
 期待をして裏切られるより、最初から諦めていた方が楽だ。
 心の中でそう呟いたときだ。ディアッカの脳裏にそれを実践しているのでは、と思える相手の顔が浮かんでくる。
「……だから、あいつは最初から全部諦めているのか?」
 あの艦内で孤立して、助けてくれるものもなく、戦うことだけを強要されていたのなら……それも当然なのかもしれない。
 むしろ、よく我慢したものだと思う。
 考えてみれば、キラ一人であればいくらでも逃げ出す機会があったはず。それをできないまま、戦わせられた挙句……
 ここまでディアッカが考えたときだ。
『足つきだ! 作戦通り、追い込むぞ!』
 通信機からバルトフェルドの声が飛んでくる。
「了解」
 言葉を返しながら、ディアッカは思考を切り替えた。
 今はキラのことを一時的にでも忘れよう。少なくとも、ストライクを視認するまでは……とディアッカは自分に言い聞かせるように心の中で付け加える。
「出る!」
 言葉と共にディアッカはバスターを発進させた。当然、ほぼ同時にデュエルも出撃していく。
『やられるなよ』
 即座にイザークの声が飛んできた。
「お前もな」
 ディアッカも言葉を返す。
 お互い、相手のことだから心配はいらないと思ってはいるが、戦場に絶対はないと言うこともよく知っている。
 そして、相手はあの『足つき』だ。今まで自分たちの手から逃れてきたのは紛れもない事実である。ストライクのパイロットが変わったからと言って、他の者たちまでそうだとは限らない。むしろ熟練度が上がっていることは身にしみてわかっていたのだ。
 それに、今回は戦闘とは別の目的がある。
「他の連中に墜とされなきゃいいんだがな、ストライク」
 バルトフェルドは、自分がストライクと通信を行う許可は与えてくれた。だが、積極的に協力してくれる気配はなかった。と言うことは、他のパイロット達にはこの事が知らされていない、と見るべきなのだろう。
「早々に見つけられればいいんだが」
 でなければ、目的を果たすことができない。
 それではわざわざ苦手なバルトフェルドの元まで行って許可をもぎ取った意味がないではないか、とディアッカは思う。
「本当、どこにいるんだか」
 ストライク……と呟きながら、ディアッカは周囲を見回す。
「いた……」
 そんな彼の視界に、ランチャーを装備しているストライクの姿が入ってきた。
「では、目的を果たさせて貰おうか」
 ニヤリと口元をゆがめる。そうして、ディアッカはストライクへ向けてバスターを跳躍させた。

「……こうなると、後一人ぐらいパイロットが欲しいよな……」
 宇宙にいたときは、自分だけではなく《キラ》がいた。
 その存在がどれだけ自分たちにとってありがたかったのか、こう言うときに認識してしまう。
「ったく……この足下の不安定さは、何なんだよ!」
 周囲でAIがめまぐるしいほどに計算をしている。それは、ストライクのOSを状況に適応させるためのプログラムが働いているからだろう。だが、ここに乗っているのが自分ではなくキラであれば、そんなもの必要がなかったはずだ。
「……ったく……」
 自分の力量不足を嘆くべきか、それともキラの才能の高さを改めて認識するべきなのか。そう思いながらも、フラガは飛びかかってきたバクゥに向いてアグニの照準をロックする。
「落ちろ!」
 叫びと共にフラガは引き金を引いた。
「……ちっ!」
 だが、それはねらいを外す。いや、正確には当たったのだが、目的の場所ではなかったと言うことだ。どうしてもロックから引き金を引くまでの間に微妙なタイミングのずれがあるらしい。
 それをキラは無意識に修正していたのだろう。
 だが、自分は……とフラガは唇を咬む。
「ともかく、全ては慣れだよな、慣れ!」
 この場はどれだけ無様でもいい。生き残ることが先決だろうと、フラガは意識を変えた。今は、相手の戦闘力をそいだことで満足しておこうと。
 そして、次の標的を探そうとしたときだ。
 目の前に新たな――だが、ある意味見知ったと言うべき機体が姿を現す。
「……バスターか……」
 また厄介なのが……とフラガは思う。その実力は機体と同じ程度には知っていたのだ。あちらもまたこの環境に完全には適応していないだろうが、だからといって気を抜くわけにはいかない。
「なんせ……多勢に無勢だからな、こっちは」
 本当、厄介だよなぁ……といいながらもフラガはバスターに向けてアグニの照準を合わせようとした、まさにその時だった。
『キラを保護しているぞ』
 通信機からいきなりこんな声が飛んでくる。
「何!」
 今、いったい何と言った! と言う声をフラガは辛うじて飲み込んだ。
『キラを、ザフトが保護している、といったのさ。砂漠で倒れていたし、あの視力じゃ放っておけば死にかねなかったからな』
 もっとも、今も死にたがっているようだけど……と伝えてきた声は若く感じられる。あるいは、キラ達と同じ年代なのだろうか、とも思う。
「……まぁ、生きていてくれりゃいいけどな……そう言うキラを、お前らはどうする気だ?」
 処刑でもするのか、とフラガは逆に問いかける。
『てめぇらじゃあるまいし、利用するだけ利用して、利用価値がなくなったら捨てるような連中を一緒にするな』
 保護であって、捕縛じゃねぇ! と相手は怒鳴り返してきた。
「そうか……なら、あいつに伝えてくれ。他の連中はともかく、俺はお前に感謝しているとな。そして、本当なら安全なところまで連れて行ってやりたかったんだが……」
 逃げ出さなきゃ、そうしてやるつもりだったのだ。最後まで守ってやりたかった。その気持ちは今も変わらない。
「その役目は、もう俺じゃないって事か」
 だが、キラが幸せならば、それでいいだろう、とも思う。
「……と言って、お前を見逃すわけにはいかないがな」
 俺としても……といいながら、フラガはアグニをバスターに向けて発射した。