アイシャが不意に立ち上がる。 「……何か……」 あったのか、とキラは言いかけた。だが、それを問いかける前に、キラにも状況が伝わってくる。 「爆発?」 「のようね……ここにいて。今、確認してくるから」 今のあなたでは、とっさの判断ができないでしょう……と言われてしまえば、キラには反論ができない。 自分の命はどうなってもかまわないが、そのせいで彼女に迷惑をかけてしまうのはいけないと思う。 彼女は自分が怪我をすれば、自分の責任だと言い出すだろうと言うことは目に見えていた。それ以前に、何かあれば、間違いなくかばわれるのは自分だろう。 自分のために誰かが傷つく。それは本意ではない。 いや、自分のためでなくても誰かが自分の側で傷つくのは嫌だ、とキラは思ってしまう。それが、ザフトの人間だとしてもだ。 「……わかりました……」 キラが素直にこう言えば、彼女は微笑む。 「大丈夫よ。もし、何かあったとしても……誰もあなたに戦え、何て言わないわ」 アイシャが微かに笑いを滲ませながら、こんなセリフを投げかけてきた。そのセリフにキラは思わず体を硬直させてしまう。 一体、彼女は何を知っているのだろうか。 自分は彼らに気づかれるようなことをしてしまったのだろうか。 それとも…… だからといって、それを問いかけることはできないだろう。 もし、全てが自分の勘違いであれば、そのせいで全てがばれてしまう可能性がある。 いっそ、彼女が席を外している間に姿を消してしまおうか。キラの脳裏にこんな考えが浮かんでくる。 「あぁ、そうそう。この機会に逃げ出そうなんて考えないでね? それこそ、危ないわ」 だが、それを読んだかのようにアイシャがしっかりとキラに釘を刺してきた。 「……はい……」 どうして彼女にはこんなに簡単に自分の考えが読まれてしまうのか。そう思いながらも、キラは大人しく頷く。 「いい子ね。直ぐに戻るわ」 そう言えば、彼もそうだった……と彼女の背中を見送りながらキラは思う。 自分が落ち込んでいたときも、悲しんでいたときも、苦しんでいたときも、真っ先に気がついてくれたのは友人達ではなく、自分に戦いを強いた彼だった。 彼のあの一言がなければ、自分は決して戦場に出たりしなかっただろう。 元々戦いが嫌いだと言うことは間違いのない事実だ。そして、自分はあそこで『彼』に再会してしまったのだから。 でも、そんな彼の存在が自分にとっては救いであったこともまた事実だ。 「……無事でいてくれればいいんだけど……」 誰も傷つかずにいてくれればいい。そう願ってみてもも、戦場に身を置いている以上不可能なのだろうか。 そんなキラの耳に、また爆発音が届く。 「何だろう?」 やはり、ここの近くで何かが起こっている。 それも誰かの命が失われるようなことだ。 その事実に気がついた瞬間、キラは思わず自分の体を自分の両腕できつく抱きしめてしまう。言いようのない恐怖が彼を襲ったのだ。ここにいる者たちは自分が守る理由もなければ、その必要もない人々達とはわかっている。それでも、だ。 「……でも、誰が……」 アークエンジェルの仲間達なのだろうか。 だが、それにしては外からMSが動き出す音がしない。しなさ過ぎるほどだ。 「まさか……」 彼らは既にここにはいないのではないか――もちろん、その目的はアークエンジェルだろう――そして、その隙を狙ってレジスタンスの人々がここを襲ってきた。 彼らはザフトがこの地から撤退すればいいのだ。 そのためには本拠地がなくなってしまえばいい。 こう考えたとしてもおかしくはないのではないか。 「どうしよう……」 アークエンジェルがどこにいるかわからない以上、自分は駆けつけることはできない。第一、自分から彼らを捨てて出てきたのだ。今更戻ることなどできるわけはない。そんなつもりもキラにはなかった。 だが、自分はここで何もせずにいていいのだろうか。 自分の立場からすれば、ザフトに協力するなんてとんでもないことだ。それでも…… 「キラ!」 キラが自分の考えをまとめきれずにいたときだ。アイシャが足音も荒く戻ってくる。 「……戦闘、ですか?」 いすから立ち上がりながら、キラは彼女に問いかけた。 「気づいていたわけね、やっぱり。そうよ。レジスタンスという名の馬鹿共が襲ってきたの。今、ここにいるのはほとんど非戦闘員や怪我人だって言うのにね」 でなければ勝てないとわかっているからかしら……と苦笑を浮かべながら、アイシャはキラの手を取る。 「と言うわけで、怪我人達がいる場所に戦力を集中させることにしたの。嫌かもしれないけど、付き合ってね」 でなければ、安心できないから……といいながら、アイシャは歩き出す。もちろん、キラも彼女の動きと共に歩き出さないわけにはいかなかった。だが、それに関して文句を言うつもりはない。 「……怪我をしている人、多いのですか?」 キラは、ためらいを隠せない声でこう問いかけた。それにアイシャは少しだけ驚いたという表情を作る。もっとも、それはキラにはわからなかったが。 「少なくはないわね。でも多くもない。重傷の者はここから本部へ送られるから」 だから、みんなキラを守れるくらいの戦闘力はあるわよ、と彼女は明るい口調で言った。 「そう言う意味じゃなかったんですが……包帯を巻くお手伝いぐらいならできるかなって……」 思っただけです……とキラは付け加える。そうすれば、その分、戦える人が増えるだろうと。 「……戦いは嫌いです……でも、人が死ぬのはもっと嫌いだから……」 戦わずにすませられれば一番いいのに……とキラは呟く。 「そうね。それが一番いいのよね」 それでも、力で全てを解決しようとする者がいるのだ。そして、おそらく今回の一件にもその者たちが関わっているのだろう。アイシャはそうキラに説明しながら、奥へと進んでいく。その場所は、ここに連れてこられたときにキラが過ごしていた一角でもあった。 「ドクター、この子を……」 ドアを開けると共に彼女はこう声をかける。だが、そのセリフは最後まで言われることはなかった。 「どうしたの?」 「ハッキングです。それも、ここの医療コンピューターに……何とか駆除をしようとしているのですが……」 未知のウィルスでは……と彼は口にする。ここにはその専門家がいないのだ、とも。 そして、そのコンピューターが管理をしている医療システムには、先ほどの爆発で怪我をしたらしい兵士が横たえられている。 このまま、コンピューターがハッキングされてしまえば彼が死んでしまうかもしれない。そう思った瞬間だ。 「……代わってください……僕が、やってみます」 キラは無意識のうちにこう口にしていた。 「キラ君?」 「……一応、それを専門に学んできましたので……もっとも、オーブのカレッジで、ですけど……」 それでもいいなら、とキラは付け加える。どんな相手であろうとも、目の前で死なれるのは嫌だから……と。 「わかったわ。でも、見えるの?」 「モニターの表示を最大にすれば、何とか」 こう言いながら、キラはドクターが示したいすへと腰を下ろす。そして、即座にキーボードに指を走らせ始めた…… |