「キラ君……無事でいてくれるかしら……」
 同じ頃、月を見上げながらラミアスが呟いていた。
「……肯定してやれれば、いいんだろうがな……」
 その隣にいたフラガがため息混じりにこう告げる。
「戦いの最中に、艦外にでたんだ……万が一、と言う可能性は否定できないな。まして、以前ならともかく、今のキラは……」
 視力に問題がある……と苦しげな口調で付け加えた。
「……本当に、事故、だったのでしょうか……」
 しばらくためらった後、ラミアスがこう問いかけてくる。
「さぁな……坊主のことだ。今の自分は必要じゃない、と思いこんでいた可能性は否定できないな……そして、そう思わせていた奴らもいるって言うのも、事実だ」
 その事実には気づいていた。
 だが、それでどれだけキラが追いつめられていたかまでは、想像できなかったのだ。
「あいつは……最後まで、俺たちのことだけを考えていたって言うのにな……」
 自分が乗ることになったストライク。
 そのOSが自分の癖を組み込む形で作られていたのは間違いのない事実だ。しかもキラは、OSとは別に、周囲の状況を判断して、自動で設定を組み替えるプログラムまで作っていた。それは、フラガが彼のように素早く設定を変更する、と言ったことができないとわかっていてのことだろう。
 それだけのプログラムを、あの視力で一体いつの間に作り上げたのか。
 そして、キラがアークエンジェルから姿を消したタイミング。
「あるいは……覚悟の上の行動だったのかもしれないな」
 フラガがみんなを守れるという事実を確認してからの……とフラガはため息をつく。
「ともかく、どこにいてもいい……生きてさえいてくれれば、また会える可能性があるんだが……」
 それを祈るしかできないな、俺たちには……と付け加える彼に、ラミアスも頷いた。
「軍人である以上、任務を優先しなければいけない……歯がゆいですね……」
 本当なら、何をおいてもキラの捜索を優先したいのだろう、彼女は。だが、その立場が許してくれない。
「仕方がないさ……それも覚悟の上で軍人になったのだからな、俺たちは」
 せめて、キラが残してくれたストライクを使って、無事にここから脱出しなければならないだろう、とフラガはラミアスに声をかけた。
「そう、ですね」
 キラの気持ちを尊重するためにも、自分たちは生き残らなければならない。
「……せめて、キラ君の望み通り、彼らを安全なところまで連れて行くしか、できないのですよね」
 ラミアスはこう告げると、祈るように瞳を閉じた……

「で?」
 目の前で地面に懐いているキラを見つめながら、ディアッカは小さくため息をつく。
「何をしたかったんだ、お前は」
 あきれたようにこう問いかけるが、キラからの反応は当然戻ってこない。これがアイシャあたりならば憮然としながらも返事を返しているところから推測して本気で『ザフト』の人間は無視することにしているらしい、彼は。
 さて、どうするか……とディアッカが考えていれば、キラはなんとか立ち上がった。そして、そのまま歩き出そうとする。そんな彼をフォローするかのように『トリィ』と言う名前のロボットペットが彼の周囲を飛び回っていた。どうやら、彼の今の視覚でもあれだけははっきりと見えるらしい、とディアッカは思う。それは、この地にあれと同じ色がほとんどないからだろうか。
 ふいっとキラが方向を変える。
「馬鹿! そっちは一般人は立ち入り禁止だ!」
 その方向にはMSの格納庫があった。勝手に立ち入ろうとすれば、誰だろうと射殺されても仕方がない場所ではある――もっとも、現在この地にいる者たちは皆『キラ』のことを知っているから、その可能性は少ないだろうが――だからといって見過ごすわけにはいかない。
「あなたには関係ない!」
 慌てて腕を掴んだディアッカに、キラがこう叫び返した。
「お前はそう思っているかもしれないが、俺にはあるんだよ!」
 こいつは……と心の中でディアッカはいらだちを隠せない。だが、その理由が理由であるだけに強く出られないと言うこともまた事実だ。
「お前を拾ってきたのは俺だからな」
 ともかく、このままキラを野放しにしておくのはまずい。命に別状はないとは言え、怪我の一つや二つ、する可能性はあるのだ。そう判断をして、そのままディアッカはキラの体を抱え上げた。
「何を!」
 するんですか! とキラが叫ぶ。
「だから、安全なところまで移動させるだけだって。お前の側には、銃はもちろん、ナイフや何かって言った物も置いておけないらしいしな……かといって、せっかく助けたいのに、死なれてはもったいないし」
 まぁ、ここいらが安全になるまでは大人しくしていてくれ……と付け加えながら、ディアッカはキラをアイシャの元へと運ぼうとする。
「下ろしてください!」
 なんとか逃れようと、キラは暴れる。だが、ディアッカはそんなキラを軽々と抱えて歩き出した。
「やだね。しかし、お前……マジで軽すぎ。女の子よりも軽いって言うのは問題だぞ」
 運びやすくていいけどな……とディアッカが笑えば、キラがむっとした表情を作る。どうやら、そんなことを言われるのは心外だ、と思っているらしい。だが、自分のその表情がさらにディアッカに『からかってやりたい』と言う欲求を生じさせているとは予想もしていないだろう。
 普段、自分の身近にいる者たちでは見られない反応。
 それが新鮮だ、ともディアッカは思う。
「こらこら、大人しくしないと、本気で女の子扱いしてやるぞ」
 それはそれで似合いそうだよな……とディアッカは笑いを滲ませながら言葉を口にした。
「僕は、男です! なんであなたにそんなことを言われないといけないのですか!」
 キラがディアッカの腕の中で暴れながら怒鳴っている。
 その時だった。
 彼らの側を、わざとらしい距離でデュエルが通り過ぎていく。
 それに気づいたのだろう。ディアッカの腕の中で、キラが体をこわばらせた。
「ったく……」
 仕方がないな、イザークは……と言う言葉をディアッカは飲み込む。
「……デュエル……」
 そんな彼の耳に、キラの吐息に近い呟きが届いた。その言葉の裏に、何やら複雑な感情が見え隠れしている。
 それよりも何よりも、どうして、彼があれの名前を知っているのか。
 この基地にある二足歩行のMSはデュエルとバスターだけだ。だが、誰かが名前を口にしたのを耳にしていたとしても、どちらがどちらかまではわからないはずだ。
 まさか、と言う思いがディアッカの中で生まれる。
 しかし、そうだとするのであれば全て符号が合うのではないだろうか。
 だとしたら、キラは……
「さて……と。あぁ言うのがごろごろしているんだ。迂闊に外に出ていると危ないってわかっただろうが」
 踏まれる可能性があるぞ、と笑いながらディアッカはキラに声をかける。その声には、キラに対する『疑念』は全く感じさせない。
「そこまで……馬鹿じゃありません……そんなことになったら、誰かの迷惑になるだけだし……本当は、あのまま放っておいてもらえれば一番良かったんだ……」
 そうすれば、誰の迷惑にもならずにすんだのに、とキラは口にした。この言葉の裏に、やはり何かを感じてしまう。
 バルトフェルドやアイシャ、それにドクターに相談すべきなのだろうか。
 もし、自分の疑念が当たっていれば、こちらにとって有利な情報をキラが持っているはず……そして、予想が当たっていれば、キラの命だけは保証できるだろう。もっとも、それを本人が受け入れるかというとかなり疑問だが、それはこれから解消できるかもしれない。
「んなことしたら、もったいないだろうが。せっかく可愛い顔をしているんだし……それに、何をした奴だとしても、同胞の命は貴重だからな」
 さりげなく付け加えたこの言葉に、キラは体をこわばらせる。
 それに気づかないふりをしながら、ディアッカは建物の中へを足を踏み入れた。