ふっと、意識が浮き上がってくる。 そうっと目を開ければ、ぼんやりと月が見えた。 「……夢、だったのかな……」 自分がザフトの人に助けられたのは……とキラは呟く。先ほど見ていた光景とは違うような気がするのだ。 だが、直ぐにそうではないとわかってしまう。 「……やっぱり……」 どう見ても、自分が今見ている光景はアークエンジェルの室内でも、そして――はっきりとした模様などはわからないが――かつて自分住んでいた家のものでもない。 と言うことは、あれが事実だった……と言うことだろう。 「……ザフトに助けられたなんて……」 一番まずい状況なのではないだろうか、とキラは思う。 あの様子では、自分が『ストライクのパイロット』だったことはばれていないようだ。あるいは、アークエンジェルに乗り込んでいたとも思われていないだろう。 だが、何かの拍子でばれないとも限らない。 「ここに、いちゃ駄目だよね……」 せめて、アークエンジェルがこの地を離れるまでは、とキラは思う。次の瞬間、思わずキラは笑いたくなってしまった。 「……って、死ぬなら、どこでも同じかな?」 あるいは、ここで死んでもいいのかもしれない。しかし、そうすれば、自分の死体の始末を彼らにさせることになるだろう。そんな手間をかけさせても意味はないような気がする。 「でも、どうせなら、誰もいないところがいいかな?」 死んだことも気づかれない方がいい。ここがザフトの基地だというのであれば、なおさらだ。何かのついでに、彼の耳に入る可能性だってあるだろう。自分の容姿だけならともかく、トリィの存在があれば、彼には間違いなく自分だとわかるだろうから。そうすれば、優しい彼なら間違いなく自分を責めるに決まっている。 自分に言い聞かせるようにこう呟きながら、キラはゆっくりとベッドから抜け出した。 立ち上がった瞬間、微かにめまいらしきものを感じる。だが、それも直ぐに消えた。 「トリィ……」 行こう……と声をかけたところで、キラはトリィが室内にいないことに気づく。 「トリィ?」 どこ? と言いながら、キラは周囲に視線をさまよわせる。だが、あの色をしているものは部屋の中にない。 「……どうして……」 トリィが自分から離れることなど、あるわけないのに……そう彼がプログラムしてくれたはずなのだ。 あるいは……と思いながら、キラはゆっくりと室内を歩きながら、確認をしていく。バッテリーが切れてしまったのかもしれない、と。だが、やはりどこにもいない。 「トリィ!」 気まぐれにどこかに行っているだけならかまわないのだけれど、と心の中で付け加えながら、キラはゆっくりと窓の方へと移動していく。そして、その、まま何気なく窓を開けた。 「……いつの間に……」 そこは、地面が一番近い部屋だった。つまり、誰かはわからないが、キラが飛び降りようとしても命に支障がないように……と言うことなのだろう。 「じゃ、トリィも……」 誰かに連れて行かれたのだろうか。 キラがそう付け加えたときだ。 まだ寝ているかもしれないキラに配慮してか。ドアが静かに開かれた。 「あら? 目が覚めていたのね」 こう言いながら入ってきたのは、先ほどもいた女性だ……とその声からわかる。反射的に身構えれば、彼女は小さく笑って見せた。 「私はザフトの一員じゃないわよ。ここに住んでいるけど」 だから、そんなに警戒しないの……と言いながら、彼女はゆっくりと歩み寄ってきた。その手は、何も持っていないとキラに伝えるためか、軽く上げられている。 だが、キラは彼女に対する警戒心を解くことができなかった。彼女が何を考えているのか、わからない……というのは理由の一つである。だが、それ以上に、その隙のない身のこなしが、彼女が口にしているように『ザフトの一員ではない』と思えなかったのだ。 「昔、ちょっとあれこれしていたのは事実だわ。ここに来るまではジャンク屋をやっていたから。でもね、ザフトでは前線に女性兵を配置しないの。だから、ここにいる私は、ザフトの一員ではない、と言うわけ」 納得してもらえたかしら、と彼女は微笑む。 「……何の、ご用でしょうか……」 警戒を解かないまま、キラはこう問いかけた。 「起きたのなら、一緒にご飯を食べましょうと、お誘いに来たの」 にっこりと微笑むと、彼女はこう言ってくる。 「食事、ですか?」 「そう、ご飯。じっくりとお話しをさせて貰いたいし……仲良くなるには一番でしょう?」 一体何を、とキラは思う。 あれだけ『ザフト』に嫌悪を示した自分と『仲良くしたい』と思う者がいるはずがないだろうと考えたのだ。 「……それは、強制ですか?」 今は食べたくないのだ、とキラは告げる。 「ドクターがね。無理にでも時間ごとに食べさせるように、っておっしゃってたの。だから強制、と言えば強制なのかもしれないわね」 艶やかな唇が笑みを深めた。 「あぁ……アンディ達は来ないわ。私とあなただけ。それならいいでしょ?」 ザフトの兵士は、と彼女は口にする。 「給仕も、ここで働いているだけの地元の人間よ」 この言葉に、キラは眉を寄せた。一体どうしてそこまで徹底するのか、と思ったのだ。 「一体、何故、ですか」 その想いを、キラは素直に口に出す。 「だから、あなたと仲良くなりたいだけよ」 これからのことを考えていくためにも必要だろうと……と彼女は言葉を返してくる。 「その理由がわかりませんが?」 「……私も、アンディもね。あの日、大切な人を亡くしているの。ある意味、あなたと同じ境遇だわ。だから、かしら? あなたのような年の人が、人生を諦めているのを見ると辛いのよね」 この言葉に、キラは視線を伏せた。彼女は知らないだろうが、自分も大切な人をあの日亡くしているのだ。そして、それを知らされたのは…… 「……アンディ、というのは、どなたです?」 自分のそんな想いを断ち切ろうとするかのように、キラは別の問いかけをする。 「アンドリュー・バルトフェルド。私の恋人よ」 ふわっとアイシャが微笑む。だが、キラは彼の名を別の意味で知っていた。 「……砂漠の、虎……」 この地域を支配しているザフト軍の隊長だったはず、とキラはさらに体をこわばらせた。 「あら、知っているの? そうよ。で、私の名前は、アイシャ。貴方の名前は?」 キラの驚きの意味をどう受け止めたのか。アイシャはあっさりとキラの言葉を肯定した。そして、今度は聞き返してくる。 「……キラ、です……」 これをためらっては逆に不審に思われるだろう。キラはそう判断して、素直に言葉を返す。 「そう、いい名前ね」 この言葉と共に、アイシャはゆっくりとキラに近づいてくる。そして、彼が逃げ出す前にその腕を捕まえてしまった。 「行きましょうね、キラ」 しっかりとキラの腕を捕まえたまま彼女は歩き出す。 「あ、あの……」 キラに反論する余地は残されていなかった…… |