だが、事態はバルトフェルド達が考えていたよりも複雑だったらしい。
「……あの子、ヘリオポリスにいたのだそうよ」
 戻ってきたアイシャが、こう告げる。
「それは……それこそ、あの反応も無理はないのか」
 何も知らなかった日常を、自分たちによって奪われたのだ。そして、そのことで、今まで仲の良かった知人達から責められたのだとしたら……ザフトに対する憎悪に近い感情も納得できる、とバルトフェルドはため息をつく。
「ですが……あれは……」
 だが、イザークはまだなにか反論をしようとする。それとも、自分たちの行動が間違っていない、と思いたいだけなのだろうか。
「あなたが何を言おうとしても、彼にとっては自分が生きてきた世界を壊されたのよ?」
 今は鎮静剤で眠らされている少年が、意識を失うまで叫んでいたセリフ。それがアイシャの耳の奧でこだましている。
「僕の家を、思い出を、守りたかった人を返して欲しい……それは、あの日、私達が叫んだ言葉と同じだわ」
 アイシャが口にした言葉に、ディアッカはぐっと言葉に詰まった。
「でも、ほとんどの人間は逃げ出せたはずです!」
「全員ではないわ。逆に、それだからこそ、亡くなられた方々の知り合いの憎悪は深い、とも言えるわよ。なんであの人だけ……とね」
 しかも、それ以外の者たちの中にも同調する者がいたかもしれない。そして、ブルーコスモスのものだって……とアイシャはイザークに言葉を投げつける。
「……クルーゼ隊長の判断が間違っていた、とは言わない。だが、それを実行する者たちの意識に問題があった、というのは否定できないようだな。君に言動を見ていると」
 バルトフェルドもまた、冷たい口調でこう告げた。
「どういう事でしょうか」
 納得できないらしいイザークはそんな彼らに食ってかかっている。だが、ディアッカは自分たちの驕りを突きつけられたと感じていた。
 あそこはナチュラルが多いから……とか、戦争を嫌って逃げ出した臆病者が住む場所だ、とか決めつけていたような気がする。だが、実際には違っていたのだ。そして、自分たちの行為せいで、同じコーディネイターである彼があれほどまでに追いつめられていたのだとしたら……
「……馬鹿は俺たちか……」
 最悪の場合『オーブ』という国まで敵に回す可能性すらあったのだ。
 それに、上層部がどうであれ、一般市民に罪を着せるのはやりすぎだとも。
「ディアッカ! お前!」
 その呟きを聞きとがめたのだろう。イザークの怒りの矛先が、今度はディアッカへと向けられた。
「ひょっとしたら、コーディネイターに好意的なナチュラルまで敵に回した可能性があるかもしれない、って思っただけだよ。それに、経緯はどうあれ、俺たちの攻撃があそこを崩壊に追い込んだのは事実だし……地球連合のコロニーならともかく、オーブ所属のあそこじゃ、同胞が巻き込まれた可能性だって否定できないだろうが」
 あの時は、そんなこと、考えもしなかっただろう、とディアッカは言葉を返す。
「だが!」
「実際に、俺たちの行動のせいで、あそこまで追いつめられた奴がいるんだぞ?」
 そんなこと、想像もしたことなかったのにな、とディアッカは付け加える。その可能性を考えつかなかった自分たちは間違いなく『馬鹿』の範疇にはいるだろうと。
「だが、それはアイツが戦争から逃れていたせいだろうが! コーディネイターなら……」
「あなたは、第一世代にもそう言いきるのかしら?」
 アイシャが怒りを隠せない、と言う口調でイザークに詰め寄る。
「あの子、第一世代よ。DNA情報からそれがわかったわ。と言うことは、ご両親はナチュラル。あなたは、自分の親を殺せると言うわけ?」
 さすがにこの状況までは予測していなかったのだろう。イザークはぎょっとしたように表情を凍り付かせる。
「第一世代の子供がいる家族が一緒に暮らせる場所はオーブだけ。違う?」
 他に選択肢がない相手をそうやって責められるのか、とアイシャはさらにイザークに問いかけた。
「……違いません……」
 それは認めないわけにはいかないのだろう。イザークも力無く同意の言葉を口にした。
「ですが、私はあの時の行動が間違っていたとは……」
 思わないし、思いたくない……とイザークは言い切る。
「ただ……それに伴う事柄に関する責任は、できる範囲で取っていくつもりです」
 この答えに、バルトフェルドはある意味満足したのだろうか。その表情を和らげた。
「期待しよう。その言葉が嘘ではないことをな」
 では、とりあえず引き取ってくれていいよ……と彼は告げる。
「足つきの居場所を特定しなければならないが……それは君たちの役目ではないからね。それよりも、前回の戦いで気になったのだが……あのMSの設定、微妙にこの地には合わない。早急に修正をするように」
 でなければ次の戦いには参加させない、と彼は言い切った。
「了解しました」
「直ぐにでもさせていただきます」
 戦闘に関することであれば、さすがに耳を貸さないわけにはいかない。二人は直ぐに体勢を整えながらこう言い返す。
「では、行きたまえ」
 バルトフェルドのこの言葉を合図に、彼らは執務室から通路へと向かった。そして、背後でドアを閉めたところで、二人の唇から同時にため息が漏れる。
「……本当、お前、厄介なものを拾ってきたな」
 一瞬の間の後、イザークがこう言ってきた。
「じゃ、お前なら見捨てたんだな?」
 むっとしたとわかる口調で、ディアッカはこう言い返す。
「貴重な同胞だろうが……どんな事情があろうともな」
 それに、自分たちの行動が正しいと思っているのであれば、それを相手に納得させればいい。あるいは、これからの自分たちの行動で証明していけばいいだろうとディアッカはイザークに言い返した。
「確かにな……意識がない状況なら、俺でも拾ってきたか……」
 これに関しては異論はない、とイザークも頷く。
「だが、厄介なのは事実だろうが。このままだと、目を覚ませばまた飛び出そうとするかもしれないぞ」
 そうなれば、あの体調ではどこかでまた倒れるに決まっている……とイザークは付け加える。
「ここいらも……安全じゃねぇからな」
 ブルーコスモスのテロは、ある意味、年中行事だと言っていい。この地のナチュラル達が組織しているレジスタンスと言う問題もある。その二つの組織に属していない、としても、コーディネイターを憎んでいる者だっているのだ。そんな連中にとって彼は間違いなく格好の的だろう。
 だが、ここで大人しくしていてくれるか、と言うとまた別問題なのではないか。
「そういや……あいつの名前、まだ聞いていなかったな……」
 それどころでなかった、というのは事実だ。
 だが、同時にいつまでも名前を知らないままでは厄介なのではないか、とも思う。
「とは言っても……素直に教えてくれるかどうか……」
 あの様子では危ないのではないか、と思う。自分たちの存在を感じた瞬間にまたパニックを起こすのではないかと。
「あの女が聞き出すだろうさ」
 彼女は正式に言えばザフトの一員ではないのだから。そんな彼女がどうしてここでそれなりの地位を得ているか、と言うと、バルトフェルドの後ろ盾はもちろん、彼女自身の実力も関係している。だが、それをイザークが面白く思っていないのは事実のようだ。
「そうだな……女性の方がまだ、あいつにとってはいいか」
 少しでも、気持ちを落ち着けて欲しい。
 そして、自分たちの話を聞くようになってくれれば、いくらでも誤解を解いてやれるのだから、とディアッカは思う。
「ともかく、俺たちがつけてしまった心の傷だけは、責任とって何とかしてやらないといけねぇんだろうな」
 この言葉に対する異論は、イザークの口からは出てこなかった。