しかし、悩むための時間は急に断ちきられてしまう。 「……ジブラルタルへ戻ってカーペンタリアへ向かえ、か」 ある意味予想していた事ではある。だが、今この場で……というのは辛い、と言うのがディアッカの本音だった。 「あと一息、だったんだけどなぁ」 キラが悩んでいる理由が変化していたとアイシャがこっそりと教えてくれたのは先日のこと。そして、その理由が、好意を向けられた人間と離れることを怖がっているから……と言われたばかりなのに、何でこんなにタイミングが悪いのか、と本気で思う。 「仕方がない、んだろうがな」 足つきがそちら方面へ向かっている。そして、ナチュラルのパイロットが乗っているとは言え、ストライクの実力は侮れない。実際、モラシム隊が壊滅に追い込まれたらしいのだ。だから、互角に戦ってきた自分たちにおはちが回ってきたとしても当然のことだろう。 「恋する男は大変だな」 ため息をついていれば、頭の上から声が降ってくる。視線を向ければ、楽しげな笑みを浮かべたバルトフェルドが自分を見下ろしていることにディアッカは気づいた。 「すんません! 気がつきませんでした!」 そして、慌てて立ち上がろうとする。 「いや、いい。今はある意味プライベートでの話になるから」 この言葉に、ディアッカは彼が話題にしたいことが《キラ》に関係していることだとわかった。 「……あいつ、何か?」 しましたか、とディアッカは不安を隠せないという口調で問いかける。 「今のところは普通だが、これからが問題だと思ってね」 まだ、君たちのことを伝えていないのだ、とバルトフェルドは付け加えた。自分の口から告げていいものか、判断が付きかねたのだと。 「僕たちが彼に告げてもいいのだが……その後のフォローを考えるとね」 捨てられるから、自分の口から伝えなかったのだ……と言われては君も困るだろう、と言われて、ディアッカはそうかもしれないと悩む。 かといって、自分の口から告げる勇気もないかもしれない。 「……俺が言わなきゃない、とは思うんですけどね……」 しかし、キラに泣かれるのはいやなのだ。 だからといっていつまでも隠し通しておけるものではないことはわかっている。自分たちが言わなくても、誰かが話しているのを耳にする可能性だってあるのだ。 「何と言っていいものか……」 それよりは他の誰かから言うよりはいいだろう。。 何よりも、自分がキラを傷つけてしまうという事実が怖い。 「正直に話すべき、だろうね。彼にしても、軍がどれほど理不尽なものかはわかっているはずだ」 それよりも、話してもらえなかった、と言う事実の方が彼を傷つけるかもしれない……とバルトフェルドは口にする。 実は信用されていなかったのか、と思うかもしれない……と言われて、ディアッカはその可能性もあるのだと思い当たった。 「そうですね……それに……向こうに行けば、本国との連絡も取りやすくなるでしょうか」 「あぁ、そうだろうね。ここでは申し訳ないがその手の設備が充実しているとは言い難いからね」 前線である以上、仕方がないのだ。ここから本国、あるいは逆に本国からここに通信を入れるとなれば、どうしてもジブラルタルを経由しなければらない。それが通信の自由を狭めていることはバルトフェルドも認めるところだ。 「それがどうかしたのかね?」 ディアッカが何故こんな事を言い出したのか、間違いなく彼にはわかっているだろう。それでもディアッカ自身の口から答えを聞きたい、というようにバルトフェルドが問いかけてくる。 「本国であれば、あいつの目、少しはマシになるか、と思っただけです」 その可能性があるとこの隊の軍医は口にしていた。だが、そのためにはキラを本国へ送らなくてはならない。本国に送るには身元を引き受けてくれる人間が必要だろう。それをディアッカは自分の父親に押しつけようと思っていたのだ。だから、本国へ連絡を取りたいのだ。 「だろうね。僕としても、少しでも早くそうしてやりたいのだが……」 いろいろと問題があるのだ、とバルトフェルドも頷く。 「不本意ですが……親のコネを使ってでも、と思うんですよ、俺は。眼鏡をかけているもの可愛いですけどね。でも、個人的にはあいつは素顔の方がいいですし」 ナチュラルによって傷つけられた肉体が少しでも治れば、あるいは心の傷もマシになるかもしれない、とディアッカは思う。 「……なら、それを全て正直に彼に伝えたまえ」 君の気持ちも含めて……といいながら、バルトフェルドがディアッカの背中を叩いてきた。 「納得はできないかもしれないが、理解はするだろう。その後のフォローはこちらで引き受けるしかないだろうが」 今、キラはどこにも行けないのだから仕方がない、とバルトフェルドは口にする。 「……お願いします……」 言葉と共にディアッカは立ち上がった。そして、バルトフェルドに一礼をすると、キラを捜すために駆け出していく。 「がんばりたまえ、少年」 その背に向かってバルトフェルドの声が投げつけられた。 話がある。 ディアッカにこう言われて、キラは半ば強引に外へと連れ出されてしまった。 「あの……」 まだ作業の途中だったのだ、とキラは彼に告げようとする。だが、自分を見つめてくる、自分のものとは微妙に色合いが違う紫の瞳に、それを飲み込んでしまった。 「……転属命令が出た……」 やがて、ディアッカがこう告げてくる。 誰に、と言われなくても、キラにはわかってしまった。 「そう……ですか……」 彼とイザーク――そして、アスランともう一人――はザフトの中でもエリートなのだと顔見知りになった兵士に教えられている。そして、そんな彼らがここでしなければならないような任務はないのだ、とも。 アークエンジェルがこの場を離れてからと言うもの、バルトフェルド隊が行った大規模な作戦、というものはブルーコスモスのテロリストをあぶり出すことだけだった。そして、それにはディアッカ達は参加してない。 だから、いつかはここから離れていくだろうと言うことも予想していた。 それでも、その事実を脳裏から閉め出していたのは、自分が彼に側にいて欲しいと思っていたからだろう、とキラは心の中で呟く。 「本当は、連れて行きたいんだが……そうすれば、いやでも戦場へと引き出すことになる。それはお前のためにならないだろう?」 少なくとも、ここならバルトフェルド隊長が守ってくれるはずだからな……とディアッカが付け加えた。 だから、あの言葉を撤回させてくれ、と続くのではないか、とキラは身構える。 「まぁ、直ぐに迎えに来るつもりだけどさ」 だが、ディアッカの口から出たのはこんなセリフだった。 「……迎えに?」 「そう。本国へ行って、治療が受けられるようにな、手はずを整えたら、直ぐに迎えに来る。家の親は、それなりに地位もあるし……本国では医療関係を掌握もしている。だからさ」 向こうの基地に行けば、本国への連絡も簡単に取れるようになるし、何よりあそこにはマスライバーがある、とディアッカは笑う。だから、シャトルを出すのに不都合はないはずだ、と。 「だからさ……待っていて欲しいかなって思うんだ」 答えも、その時でいいから……といいながら、ディアッカはそうっと手を伸ばすとキラの頬に触れてくる。 「……待っていても……迷惑じゃ、ないんですか?」 キラはおそるおそる聞き返した。 「もちろんだ。むしろ嬉しいぞ」 ディアッカが満面の笑みを作る。 「……僕は……」 そんな彼に、キラは何とか言葉を返さなければ……と口を開く。 「あなたが側にいないと、寂しいと思います……多分、貴方が好きなんだと……でも、それが恋なのかそれとも友情なのか、まだわからないんです」 だから……とキラは付け加えた。 「上等、上等」 その言葉に、ディアッカはさらに笑みを深める。 「今はそれだけで十分だよ」 でも、これくらいは許してくれよな……と言う言葉と共に、ディアッカの顔がゆっくりと近づいてきた。キラがそう思った次の瞬間、彼の唇がキラのそれを塞いだ。 だが、不思議とキラは嫌悪を感じない。 ディアッカの腕がキラの体を自分の方へと引き寄せる。 そのまま、二人はしばらく時を止めていた。 |