時間を見つけては、ディアッカはキラへと連絡を入れている。
 バルトフェルドの配慮があるのだろうか。いつでもキラとの通信はディアッカの時間が許す限り認められていた。そして、そのたびごとに、キラの表情が変化をしていく。それは自分に対する気持ちが変化しているからだろうとディアッカは思っていた。
 もう一つの懸案である、キラに本国で治療を受けさせる件についても、何とが目処が立ちつつある。  父親にしても、息子の本気の願いを叶えてやろうという思いと、キラという存在を政治的に利用できるのでは、との考えがあるからだろう。前者はともかく、後者に関しては認めたくないが、それでもキラの体が良くなるのであれば妥協するしかないのだろうか、ともディアッカは思う。
 それでも、彼を再びMSに乗せるようなことだけはさせたくないと考えていた。一応穏健派の父であれば、それに関しては大丈夫だとは思いたいのだが……とも。
「やめ、やめ……キラの顔でも見て気分転換しよう」
 今なら上手く行けば邪魔も入らずに1時間は通信ができるはずだ、とディアッカは微笑む。
 それにアスランはこちらに来れないはずだから……と心の中で付け加えた。別段困らないと言えば困らないのだろうが、それでも、今の状況でアスランに茶々を入れられては困る、とも思う。そんなことになったら、キラの気持ちが揺らぐだろうから。
「さて……と」
 まぁ、それでも自分の気持ちは変わらないのだし、アスランの妨害程度で諦める気はないんだよな……と呟きながら、ディアッカはバルトフェルド隊の基地へと通信を入れるための準備を始めた。
 手続きを終え、通信を入れれば、いつものように即座にキラの姿がモニターへと現れる。
『いいの? お仕事……』
 ふわっと微笑みながら、キラがこう問いかけてきた。
「あぁ……当分、任務はなしだ」
 ちょっとあってな……とディアッカは笑う。
 本国からある人物が来るので、クルーゼ隊は待機なのだそうだ。そんなくだらない理由で、とも思うが、こうしてキラと話をできるのだから妥協するしかないとも思う。
『ならいいんだけど』
 口ではこう言いながらも、キラは嬉しそうに微笑んでみせる。それを見ているだけで、ディアッカも嬉しくなってきた。
『そういえば……僕も、そっちに行くかもしれない……バルトフェルドさんが連れて行ってくれる、って』
 何かあるらしいんだけど、知っている? とキラが小首をかしげてみせる。
「そのせいで、俺らも待機中なんだよ」
 だから、こちらに来れば会えるぞ……とディアッカはキラに笑いかけた。そうすれば、キラはますます嬉しそうに笑う。
『久々にディアッカさんやイザークさんに会えるのは楽しみだな』
 まさかこんな言葉が彼の口から出るとは、ディアッカは予想もしていなかった。だが、あるいはそれだけ彼が寂しい思いをしていたのかもしれないとも思う。マメに連絡を入れていたとは言え、さすがに直ぐ側にいてやれたわけではないのだ。むしろ、側にいられなかった時間の方が長い。
「俺もだな」
 だから、実際に触れたいと思う。
「会ったら、キスしてもいいよな?」
 その思いを、ディアッカは素直に口にする。その瞬間、モニターの中のキラの頬が真っ赤に染まった。だが、彼は小さいがしっかりと頷いてみせる。
「好きだぞ、キラ。愛しているからな」
 ディアッカはそんなキラに言葉を惜しまずに思いを告げた。そうすれば、キラの頬はさらに赤くなる。それでも、その口元には幸せそうな笑みが浮かんだ。
『僕も……ディアッカさんが好きです』
 そして、こんなセリフを返してくれる。
 まだそれは《恋愛感情》にまで育っていないかもしれない。それでも、自分の一方通行でないとわかるだけでディアッカは幸せになってしまう。
「早く会いたいよな。モニター越しじゃなく」
 そうしたら、好きなだけ抱きしめてやるから、とディアッカはさらに言葉を重ねる。
『……どうして、そんなに恥ずかしいことばっかり……』
 言うのか、とキラは羞恥に顔を伏せた。それでも、その声から拒絶の思いは感じられない。それがディアッカをさらに大胆にさせているのだと、キラは気づかないだろう。
「それが本心なんだから仕方がないだろう?」
 ディアッカはさらに笑みを深める。
「そうだな。お前、甘い物が好きだったよな。こっちで上手いケーキ屋を見つけたんだ。一緒に行こうな」
 そして、幸せをかみしめながら、再会の日の計画を練り始めたのだった。

「キラ!」
 ディアッカの言葉に、アスランは思わず振り向いてしまう。ここにあの《キラ》がいるはずがないのだ……と思っていてもだ。
「ディアッカさん」
 だが、その後に続いたのは間違いなく《キラ》の声だ。しかも、その上トリィの鳴き声まで響き渡っては錯覚だとは言い切れない。
「……何でキラが……」
 そう思いながらアスランは油が切れたロボットのような動きで振り返った。
「嘘、だろう!」
 アスランの視線の先でキラがディアッカに抱きしめられている。しかも、どう見てもキラが嫌がっている様子はない。むしろ、喜んでいるのではないだろうか。
「アスラン? どうかなさいましたか?」
 呆然と立ちつくすアスランの耳に、ニコルの言葉が届く。
「……どうかって……」
 アスランが彼に事情を説明しようかと口を開きかけた。だが、それよりも早く、
「あぁ、ラクスさんがお着きになりましたよ。出迎えに行かれた方がよろしいのではないですか?」
 ニコルがさらに言葉を重ねてくる。
「ラクスが?」
 何でタイミングが悪いんだろう……と、アスランは思ってしまう。建前の婚約者とは言え、こう言うときに出迎えるのは自分の義務だとは知っている。だが、それ以上に今はキラの方が重要なのだ。
「あれ? ディアッカが抱きしめているのはひょっとして……」
「バルトフェルド隊長のところの奴で、ディアッカの恋人だな」
 もっとも、そう思っているのは奴だけかもしれないが……と口を挟んできたのはイザークだった。
「そうなんですか?」
 あのディアッカが、とニコルがイザークへと聞き返している。
「そうだ……あぁ。バルトフェルド隊長に引き取られる前はヘリオポリスへいたそうだ。言葉に注意しとけよ」
 そのせいで傷つけてしまったから……と、イザークらしくないセリフが付け加えられた。その事実に、アスランだけではなくニコルも驚いたように目を丸くしている。
「……それは……責任重大ですね、ディアッカ」
 ヘリオポリスに関しては、自分たちにも責任があるだろう。そんな場所にいて傷ついた彼が、ディアッカを受け入れられたというのであれば、少しはそのことに関して彼が許せると思ったと言うことでもある。
「と言うわけだ。邪魔をするなよ」
 イザークがこういう。
「もちろんです。応援するしかないでしょう、これは」
 ニコルが即座にこう言い返している。
 だが、イザークが本当にその言葉を言いたい相手ははアスランなのだろう。と言うことは、彼らは《キラ》の秘密を知っていると言うことだ。それでも、彼を受け入れた、と言うことは自分が知らないところで何かあった、と言うことなのか、と思う。
「それよりいいのか? ラクス嬢の出迎え」
 イザークが何か含むものがあるとはっきりとわかる口調でアスランに向かって言葉を投げつけてきた。
「そうですよ、アスラン! 早く行かないと」
 言葉と共にニコルがアスランの腕を掴む。そしてそのまま引きずるようにしてラクスの元へ彼を連れて行こうとする。
「……それよりも、俺はキラの方が……」
 アスランのこの言葉に耳を貸してくれる者は誰もいなかった。

「そうか……ラクス嬢と一緒に本国へ行くのか……」
 一方、久々に再会した二人は落ち着ける場所へと移動をしながら、会話を交わしていた。
「うん……ラクスのお父さんが、手を回してくれたって……」
 自分の身元引受人も彼がなってくれたのだ、とキラは付け加える。
「なら大丈夫だな。本国とじゃ連絡が取りにくくなるが、俺としては安心だし……お前の体のことも考えるとそれが一番だろうしさ」
 こいう言いながら、ディアッカはバルトフェルドが前に言っていた《別件》とはそのことだったのか、と納得をした。
「と言うことは、その前にあれこれしておかないといけないって事だな。と言うことで、デートの計画を立てておくか」
 ラクスのコンサートの前に……と言いながら、ディアッカはキラの体を引き寄せる。
「まずは、ケーキを食いに行くか」
 その言葉にキラは嬉しそうに微笑んで見せた。




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