「あいつ、変わったか?」 イザークがディアッカに向かってこう問いかける。 イザークの視線の先には、ダコスタと共に整備担当の兵士と何かを話しているキラの姿があった。その態度は、以前のものよりも柔らかくなったかのように思える。 「そう見えるか?」 この言葉に、ディアッカが嬉しそうな表情を作った。 どうやら、彼もそう思っていたらしい。そして、その理由も見当が付いているのだろう。 それが何なのか、と問いかける前にディアッカがその答えを口にした。 「なら、駄目元で告白をした甲斐があったな」 あの言葉で、キラが少しは自分に自信が持てたのであれば……とディアッカが笑う。 その表情は見慣れたもののようなのにどこか違うような気がしてならない。これが、本気になったディアッカなのだろうか、とイザークは心の中で付け加える。 「どうやら、お前もあれこれ変わったようだな」 いいことなんだろうが、とイザークはディアッカに言い返す。その瞬間、ディアッカが驚いたというように目を見開く。あるいは、自分のことだからわからないのだろうか。 「自覚がないのか、お前は」 だが、直ぐにイザークが見慣れた表情へと変化した。そして、イザークが予測していなかったセリフを口にする。 「お前もかなり変わってきていると思うぞ、俺は」 これもまたキラの影響か、と付け加えるディアッカに、イザークはそうなのだろうかと思う。確かに、彼が告げた言葉が、自分の中で渦巻いている。撃たれる立場、巻き込まれる立場の存在を知らなければ考えなかったであろうこともそれに加わっているのは事実だ。 この戦争の意義。 それすらも考えてしまう。 「気のせいだろう」 だが、それを素直に認めるのもしゃくに障る……とばかりにイザークはこう言い返した。この言葉を耳にした瞬間、ディアッカの瞳に面白そうな色が浮かぶ。 「そういうところもお前らしい……と言うべきなんだろうな。そういうところも含めて、気に入っているんだから仕方がないのか」 腐れ縁だしなぁ……とディアッカが笑う。 「何が言いたい?」 イザークは目を細めるとこう問いかける。答え次第ではぶん殴るだけではなく縁を切らせて貰おうと心の中考えていた。 「アカデミー入学やクルーゼ隊に配属になるときに一緒……というのはまぁ、妥当だとは思うが……地球に落ちるのまで一緒だったとは思わなかったって言うだけだよ」 お互い、それがいい方向に作用しているようだが、とディアッカが笑いながら口にする。 「そういうことか」 確かにそぅかもしれない、とイザークはディアッカの言葉に納得をしたというように頷く。それも、全てはストライクと戦ったからではないだろうか。いや、ストライクではない。間違いなく《キラ》の存在があってのことだろう。 「なら、あいつもそうじゃないのか?」 一緒に落ちたのも、そして、ここで出逢って考えが変わってきたのも、全て……とイザークは言い返す。 「まぁ、そうなんだけどさ……それをあいつに指摘するのはちょっとな。よーっぽど足つきの中には厄介な奴がいたんだろうな。エンデュミオンの鷹のような奴もいたって言うのはわかっているんだけどさ」 自己を否定され、それでも戦わなければいけなかった、と言うことがキラの中に大きな傷を作った。そして、それが彼に自分自身の存在意義すら見失わせているのだろうと言うことは、イザークにも感じられていた。 だが、キラはそれに関して一度も文句を言おうとはしない。むしろ、全て自分の責任だと思っているようだ。 それがまた、キラに、自分自身を否定しようと思わせているのかもしれない。 だが、レジスタンスの襲撃、そしてディアッカが伝えた伝言、それにバルトフェルド隊の者たちの態度から、少しずつ自分自身の存在を認めることができてきたらしい。 自信、とまではいかないが、自分自身を無意味に卑下する態度は見られなくなってきていた。 だからといって、その変化を急かすのは逆効果だろう。 むしろ、ゆっくりと見守ってやるのがいいのではないか、とイザークも思っていた。そして、ディアッカとの関係も…… 「問題はこちらの方か」 ふっと思いついた、と言うようにイザークは呟いた。 「そうだな……」 同じ事を思いついたらしい。ディアッカが盛大にため息をついてみせる。 「と言っても、仕方がないんだろうが……」 自分で選んだ道だ、とディアッカは付け加えた。 軍人である以上、命令があれば従わないわけにはいかない。 そして、この地で大規模な戦闘が起こるという可能性は低くなってきた。 つまり、自分たちがいなくても大丈夫であろうと言うことでもある。 キラのためにはいいことなのかもしれないが……ディアッカの恋心に対してはマイナスであろう。距離ができてしまえば、キラの好意が『恋愛感情』まで行き着かない可能性も否定できないのだ。 「それに……あいつらも降りてくるって話も、あるらしいしな」 それはそれで問題だ、とディアッカはため息をつく。 キラから聞き出した話を総合すると、過保護なまでにかまっていたらしい。そして、自分たちと彼とは仲がいいと言い切れないのだ。となれば、邪魔をする可能性すら考えられる。 「頑張れ、としか言ってやれないな」 多少のフォローはしてやるから……とイザークはディアッカの肩を叩いた。 「そうだな……とりあえずいい時間帯だ。茶にでも誘ってやれ」 顔を合わせて話をすれば、さらに気持ちが変化していくものだろう、とつげれば、 「すまん」 この一言を残して、ディアッカはそうそうに行動を開始する。その即物的とも言える態度に、イザークは口元に苦笑を浮かべた。 「本当に、変わったよな」 本気で誰かを好きになったからなのだろうか、とディアッカの後ろ姿を見送りながらイザークは口の中だけで呟く。 自分も、本気の相手ができればあんな風になるのだろうか。 ある意味見苦しいと言えるディアッカの行動だが、だからといって否定する気にはならない。むしろ、どこかうらやましいとも思える。だが、積極的にそんな相手を見つける気にならないのは、自分の性格上仕方がないのかもしれない、と言うこともわかっていた。 「俺は、俺だしな」 それよりも、早くこの戦争を終わらせることを考えよう。それが、自分が犯してしまった罪に対する償いになるのではないか。同時に、知らずに傷つけてしまったキラの心の傷を癒すために自分ができることもであるだろう。 「ともかく、これを片づけてしまわなければな」 それ以前に、目の前にある書類を……とイザークは意識を向ける。しかも、自分の分だけではなくディアッカの分も片づけなければならないだろう。自分で言ったセリフとは言え、目の前の光景にはうんざりしてしまう。 「ったく……パイロットにこんな仕事を回すんじゃない」 整備か開発の担当者が責任を持ってやるべきだろう、と思わず呟く。 「とは言っても、無駄だろうがな」 ため息をつくと、イザークは視線を書類へと落とす。そして、手早く処理を始めた。 |