「……あれ?」 朝、目をさました瞬間、キラは自分がどういう状況に置かれているのか理解をすることができなかった。 「何で、ディアッカさんと一緒に寝ているわけ、僕……」 少なくとも眠りについたときは自分のベッドだったはずなのに……と思いながら、キラは記憶を探り出す。 「……そう言えば、何か、夢、見たような気がするけど……ディアッカさんに慰めて貰っている……」 ひょっとして、あれは夢ではなかったのだろうか。そう考えた瞬間、キラは自分の頬が羞恥のために熱くなってしまったのがわかる。 「僕……」 どうしようか、とキラは悩む。 このままディアッカの腕を抜け出して自分の部屋に戻るのが一番いいのではないだろうか。 だが、彼の腕ががっちりと自分の体を抱え込んでいる以上、起こさずに抜け出すのは不可能だと言っていい。 かといって、このままこの腕の中にいるのは恥ずかしいの一言だ。 「……そう言えば、イザークさんは……」 ディアッカと彼は同室だったはず。そんな彼に見られてはかなり恥ずかしいのではないだろうか、とキラは思う。 おそるおそる首を動かして視線を向ければ、既に誰もいないらしいベッドが見える。と言うことは、イザークはこの状況に気づいていながらも敢えて見ないふりをしたと言うことなのだろう。その事実にどうしようか、とキラが小さくため息をついた。 「気にすることはないと思うぞ」 その時だった。 キラの耳に、ディアッカの穏やかな声が届く。 「ディアッカさん?」 慌てて視線を戻せば、ディアッカが笑いながら自分を見上げているのがキラにもわかった。 「どうやら落ち着いたようだな」 さらに笑みを深めると、彼は体を起こす。そしてそのままキラの瞳をまっすぐに覗き込んできた。ここまで距離が狭まれば、キラにも彼の表情がはっきりと見える。 「……あの……」 ご迷惑をかけたのでは……とキラは小さな声で彼に告げた。 「って言うか、それって俺たちのせいだからな。気にするな。むしろ、こっちに来てくれて良かったぜ」 でなければ、キラの様子に気づくことができなかった……とディアッカは微笑む。それでキラの心に何か異常があれば、悔やんでも悔やみきれないところだった、と。 「……どうして……」 そんなことを言うのか、とキラは思う。自分はそんなに優しくしてもらえる存在ではないはずだと知っているのだ。 「んなの、決まってるじゃん。俺がお前を好きだからだよ」 ふっと優しい微笑みを向けると、ディアッカがこう口にする。 「……好き?」 キラは彼の言葉の意味が理解できなかった。いや、この単語は知っている。だが、その意味が本当に自分が知っているものでいいのかどうかわからなかった、と言う方が正しいのか。それを問いかけるかのように、オウム返しに口にする。 「そう、好き。ちなみにLikeじゃなくてLoveの方だからな」 さらに付け加えられた言葉に、キラは信じられないと言うように目を見開く。 「本当は、もう少しお前が落ち着くか、でなければ気づいてもらえるまで黙っているつもりだったんだがな。どうやらお前の性格からすれば、はっきりと言っておいた方が良さそうだからさ」 そんなキラに向かって、ディアッカは微笑みに微かに苦いものを含ませながら言葉を投げかけてくる。 「俺はお前に惚れている。お前が何者であろうとかまわない位にな」 だから、これ以上傷ついて欲しくないのだ、ときっぱりとディアッカはキラに告げた。 その内容に、キラは混乱をしてしまう。 こう言ってもらえたことがいやなのではない。むしろ嬉しいと思う。 だが、同時に本当にいいのか、と言う思いもキラの中には存在していた。 過去に同じようなセリフを口にした者たちもいた。だが、彼らも最終的には自分を利用するためにそう言っていたと受け取れかねない態度を見せたのだ。そして、戦えなくなったキラに対し、あっさりと掌を返したような態度を見せた――もちろん、そうでなかった者たちも存在していたが――その事実が、キラに彼の言葉を信じることをためらわせる。 「……僕、男ですけど……」 混乱のまま、キラが口にしたセリフはこんなものだった。 「かまわないって。俺が好きなのはお前という人間だからな」 そんなの、些細な問題だろうと笑うディアッカに、そう言うものなのだろうかというようにキラは小首をかしげる。 「まぁ、直ぐに受け入れろ、とは言わないさ。さすがに混乱しているだろうし、気持ちの整理もできないだろう? 今は覚えていてくれればいい」 言葉と共に、ディアッカがキラの髪を撫でた。彼のこの仕草は、最近よくキラに向けられるものだ。そして、キラ自身、こうして触れられるのは心地よいと思ってしまう。だから、彼の手を払いのけるようなことはしない。 その事実に気がついたのか。 ディアッカも笑みを深めてきた。 「と言うわけで、まずは着替えて飯にしようぜ」 言葉と共に、ディアッカはキラを抱えるようにして立ち上がる。 「もう少し太ってくれないと、まじで不安になるからさ」 消えちまいそうで……と言いながら、ディアッカはキラの体を解放した。それが、着替えるためだ、と言うことはわかっている。だが、何か寂しいものをキラは感じてしまう。 「お前も早く着替えろよ。でないと、そのまま食堂に連れて行くぞ」 恥ずかしくないと言うならかまわないがな……とディアッカに言われて、キラは自分の格好を確認する。アイシャが用意してくれたパジャマは、寝るのにはいいが人前に出るのはさすがに恥ずかしいと思ってしまう。 「……先に行っていてください……」 キラはこう言い残すと、自分の部屋へと向かった。 「いや、一緒に行く方が俺としては嬉しいし、飯も一緒に食った方が楽しいって」 だから待っていてやるよ、とディアッカは言葉を返してくる。 「何なら手伝ってやろうか?」 「結構です!」 どこまで本気なのかがわからない。だが、キラは顔を真っ赤に染めるとこう叫び返す。そしてそのまま扉一つ隔てた自分の部屋へと駆け込んだ。 彼のことだ。自分がのんびりしていれば間違いなく先ほどの言葉を実行に移すだろう。 そう言う信頼をキラは彼に抱いていた。 だから、できるだけ手早く衣服を着替えようとする。だが、焦れば焦るほど指がうまく動かない。ボタンを外すことすら難しいと思えるようになっていたのだ。 「着替え終わったか?」 その時、あの特徴的な深紅の制服を身にまとったディアッカが顔を出す。 「……あの、まだです……」 すみません……と言いながら、キラは再び指を動かしてボタンを外そうとする。だが、また失敗してしまった。 「こらこら……」 焦るなって、と言いながらディアッカはキラに歩み寄ってきた。そして、手を伸ばすとキラのボタンを外してやる。 「ディアッカさん……」 本当は別のシチュエーションで脱がせたかったんだがな……とディアッカは笑う。それにキラはまた頬を赤らめた。 「どれを着るんだ?」 ボタンを外し終わると、ディアッカはキラから手を放す。 「……まだ決めていません」 その答えに、キラは言葉を返した。 「そっか……じゃ、俺が決めるぞ」 ニヤリと笑うと、ディアッカが手早く昨日購入してきたばかりの服の中からキラに着せる服を選び出す。その早業は、キラが口を挟む間を見つけられないほどだ。 「これとこれな」 こう言って手渡された服を、キラは黙って身につけていく。 「OK、OK……じゃ、行くぞ」 着替え終わると共に、キラは彼に連れられて部屋から出た。はっきり言って強引とも言える彼の行動に、キラはどうしてか嫌悪感を覚えない。その理由がどうしてなのか、キラは考え始めていた。 |