霞む視界の中で、ストライクだけが鮮やかに見えていた。 その動きは、ザフトのMSにも見劣りがしない。その理由が、自分が作ったOSだけではないことはキラにもわかっていた。 フラガは、キラのように『相手を殺す』事に関してためらいを持っていない。 戦争は戦争だ、と割り切れるだけの強さがあった。 そして、ナチュラルだというのにコーディネイターにも劣らない身体能力。 その全てが、ストライクに今までとは違った動きを与えているのだろう。 「……これなら、大丈夫だよね……」 小さな声でキラは呟く。 「僕が、いなくても……きっと少佐がみんなを守ってくれるよね」 それは確認と言うより、自分に言い聞かせていると言ったようだ。 「なら……僕はもう、ここにいる必要がないんだよね……」 ここにいても、自分はもうただの『厄介者』でしかない。もう、自分は戦うことができないのだから、と。 そうキラは考えていた。 そして、誰もが戦闘に意識を集中している今なら、自分が抜け出しても気づくものはいないだろうとも思う。 後は、自分の存在をどうするか、決断するだけだ。そのくらいであれば、今の自分でもできるだろう、とキラは心の中で呟く。 「トリィ」 おいで、とキラは手を差し出した。そうすれば、大好きな親友が作ってくれた忠実なマイクロユニットは、まっすぐに手の上へと舞い降りてくる。 「お前だけは、ずっと側にいてくれる? 僕が……この世界から消えるまで……」 言葉と共に、キラは透明な微笑みを口元に浮かべた。 そして、そのままトリィを肩へと移すと、近くにあった布を取り上げる。それは先日出逢ったレジスタンスの一人から貰った砂よけのフードだった。 「行こう、トリィ……」 こう囁くと、キラはゆっくりと歩き出す。今の彼の視界ではある意味慣れたこの艦内でも、走ることはおろか、以前のようなスピードで歩くことも難しいのだ。 まして、今は戦闘中である。 いつ、艦が揺れるかわからない。 だが、今でなければならないのだ。 今でなければ、トールやミリアリア、あるいはフラガやマードックと言った者たちが彼を止めてしまうだろう。そうなれば――もう戦えない彼だとはいえ――艦を降りることを許してはもらえないはずだ。 その理由は様々だろうが…… 幸い――と言うべきなんもだろうか――誰の目にも触れることなく、キラは外へ出られる出口の一つへと辿り着くことができた。半ば手探りで、端末を探す。そして、ロックを外した。 「……ごめんなさい……」 吹き込んできた風が、ふわっとキラの柔らかな髪を揺らす。それがキラの言葉をかき消した。 キラはそのまま、入口から飛び出す。 足下が不安定だが、砂地であれば大丈夫だろう。 そう判断してのことだ。もしそうでなかったとしても、かまわない……と思っていたことは否定しない。 ただ、こんなところで死んでいる自分を誰か見つけるよりも、誰の目にも触れない場所で死んだ方がいいだろう。 そうすれば、悲しみの度合いが――そして、彼らの後悔も――まだ軽いのではないか。 だから……と思ったキラの体を、予想よりも柔らかい感触が包む。もちろん、それでもかなりの衝撃が彼の体を包み込んだが。 思わず倒れ込んだ彼の体は、そのままずるずると砂丘を滑り落ちていく。 その流れに逆らうことなく、キラは静かにアークエンジェルから離れていった。 しばらくして、砂丘の下まで辿り着いたのか。落ちていく感覚がなくなった。そこで、キラはようやく閉じていた目を開く。 『トリィ?』 それに気づいたのだろう。トリィがキラの髪をくわえて引っ張る。 「うん。行こう、トリィ」 答えを返しながら、キラは体を起こした。その瞬間、あちらこちらから砂の粒が落ちていく。それを軽く払うとキラは立ち上がる。だが、足下がよく見えないせいで、直ぐに倒れ込んでしまう。 「駄目だね……よく見えないや」 まぁ、仕方がないんだけど……と呟きながら、キラはまた立ち上がる。 今度は一歩一歩、慎重に地面を踏みしめながら歩き始めた。 周囲には戦闘の気配が色濃く滲んでいる。もし、今ここに流れ弾が飛んでくれば、間違いなくキラの命はなくなるだろう。だが、全てを覚悟しているキラにとって見れば、それすら気にならないものらしい。 「トリィ……どっちに行こうね?」 まるでそこまで散歩に行こうか、と言うような口調で彼は周囲を飛んでいるトリィに向けて言葉を投げかけている。 『トリィ』 そんなキラに言葉を返すように、トリィが鳴き声を上げた。そして、すいっとある方向へと向けて飛んでいく。 今のキラの視界でも、トリィの姿だけははっきりと見ることができた。それがどうしてなのか、キラにもわからない。だが、それでもかまわないと、キラは思っていた。 「そう。そっちなんだ」 キラの口元に笑みが浮かぶ。 そして、その表情のまま、キラはトリィを追いかけて歩き出した。 砂の上にできた彼の足跡は、直ぐに風によってかき消されてしまう。 ゆっくりとした動きで遠ざかっていく彼の姿に、最後まで誰も気づかなかった。 戦闘を終えて戻ってきたフラガが、一番最初にキラの不在に気がついた。 きちんとたたまれた、キラの制服。 その代わりになくなっていた、彼の私服。 「あ、の馬鹿……」 その意味がわからない、フラガではなかった。 「……せめて、安全なところまで、俺がちゃんと守ってやるって、言っただろうが……」 それがあの子供には負担だったのだろうか。 自分たちが無理矢理戦争に巻き込んでしまった子供。 その子供が選択したと思われる行動を、一体どう判断すればいいのか。 「ともかく、艦長に連絡だな……何かをしようとして、間違って艦外に放り出されてしまった、って可能性だってあるんだし……」 制服を脱いだのも、彼が戦えなくなってしまったからかもしれない。 少しでも気持ちを明るくしようと思いながら、フラガは通路を走り出す。その行く先は、もちろん、ブリッジだった。 だが、彼らにキラを見つけることはできなかった。 そして、彼の捜索のために割く時間も…… キラの行動にショックを受ける者たちの中で、こっそりとほくそ笑んでいた者がいた。 |