バルトフェルドおすすめの店で、この地方を代表する料理であるケバブを三人は食べていた。ディアッカもイザークも一人前では足りずにさらに追加を注文するが、キラは一人前でももてあましている。それでも、先ほど彼らに『軽い』と言われたことを気にしているのか、何とか食べきろうと努力をしていた。 そんな、どこか幼いとも言えるキラの態度に、ディアッカだけではなくイザークも思わず微笑みを浮かべてしまう。 「……さすがはおすすめ、だけはあるな」 イザークのこの言葉は味だけではない。周囲にさりげなく護衛――あるいはこの地域を見張っているだけかもしれない――の兵士の姿があることに気づいているからだ。もちろん、彼らはできるだけ目立たないようにとしている。そのおかげで、キラは気づいていないようだ。 「あぁ……チリソースでもなかなかいけるか」 バルトフェルド隊長は邪道だとおっしゃっていたが……と言いながら、ディアッカは新たに運ばれてきた分を頬張り始める。そんな彼の隣で、キラが小さくため息をついた。 「何だ? もうギブアップか?」 食べかけのケバブをキラが皿に戻したのを見てディアッカが問いかける。 「……そう言うわけでは……」 そう言いながら、キラはまたそれを口に運ぼうとした。 「無理をするんじゃないって。はいたら余計な体力を使うから逆効果だろう?」 ゆっくりと量を増やしていった方がいい、とディアッカはキラに声をかける。 「そうだな。ここで具合を悪くされたら大変だ」 連れて帰るのもとイザークもディアッカに同意を示した。その瞬間、キラが視線を落としてしまう。 「イザーク……少しは言葉を選べ」 自分たちは慣れているからいいが、そうでない人間が聞けば、非難されていると思うだろう、とディアッカが口にした。 その時だった。 彼らが座っている直ぐ側の壁に誰かの影が映し出される。 「清浄なる世界のために!」 同時に、こんな叫びが三人の耳に届いた。 「ブルーコスモスかよ!」 とっさにディアッカがキラの体を抱え込むと、そのまま地面に伏せる。その間にイザークは自分たちが座っていたテーブルを倒し、即席の壁を作った。 「……何?」 状況が認識できていないのだろう。キラは小さな声で呟く。 だが、直ぐ側で爆発が起きたことで、ようやく自分たちが狙われているのだと自覚したらしい。ディアッカの腕の中で小さく体を震わせる。 「大丈夫だ。ちゃんと守ってやるから」 だから大人しくしていろ……とキラに囁きながら、ディアッカは服の下から銃を取り出す。視線を向ければ、イザークも同様に銃を構えていた。 「ったく……民間人を巻き込むつもりか」 小さく舌打ちをすると、イザークは無造作とも言える仕草で引き金を引く。 反射的にその方向へと視線を向ければ、血しぶきを上げて倒れる人影が見える。その相手が生きているのか死んだのかまでは、今のキラでは判断できないのだろう。それでも彼に恐怖と嫌悪を感じさせるには十分だったらしい。 「馬鹿! 見るんじゃない」 言葉と共にディアッカはキラの顔を自分の胸へと押し当てた。 「そこで目をつぶってろ!」 そうしているうちに終わるから……というディアッカに、キラは小さく頷いてみせる。だが、その体の震えはそう簡単に消えるわけではない。むしろ次第にひどくなって言っているのではないだろうか。 「イザーク!」 そうそうに片を付けないとまずい。そう判断して、ディアッカは彼に声をかける。 「わかっている! ただ、数が多すぎる!」 二人――と言っても、実際に敵を倒しているのはイザークだけだ――では、さすがに辛い、とイザークは態度で示す。だからといって、キラを戦わせるわけにも、そしてこの光景を見せるにわけにはいかないだろう。 「もう少し踏ん張れ! 多分、パトロール隊の連中が動いているはずだ」 彼らが来れば、この程度の人数は直ぐに制圧ができる、とディアッカは叫ぶ。同時に、引き金を引く。 「……僕は、大丈夫ですから……」 だから、と言いながらキラが顔を上げた。 「お前は大人しくしていろと言っただろう?」 そのまま動きを止めた彼を不審に思いながらもディアッカは言葉を投げかける。言外に、この状況で言い争いをしている余裕はない、と告げていた。 「危ない!」 だが、キラがそうしていた理由は違ったらしい。こう叫ぶと共にディアッカの腕から強引に抜け出す。そして、手近にあった皿を拾うと、そのまま投げつけた。 「ぐわぁっ!」 妙な叫び声と共に、二人の死角から襲いかかろうとしていた男が手を押さえる。 「キラ、伏せろ!」 だが、今度はナイフを振りかざすと、キラに襲いかかろうとした。 それに気づいたディアッカがこう叫ぶ。 キラが素直に身をかがめると同時に、ディアッカは銃の引き金を引いた。 ナイフがキラの体をえぐる寸前で、男の体が衝撃で後ろに吹き飛ぶ。それを確認したところで、ディアッカは手を伸ばすとキラの体を引き寄せる。そして、彼の顔をまた自分の胸へと押しつけた。 「気をつけろ、イザーク!」 どこから出てくるかわからないぞ、と言いながら、ディアッカは位置を変えていく。もちろん、キラを抱きしめたままだ。 「わかっている!」 やはり彼も同じように位置を移動していた。少しでも死角を減らそうと判断してのことだ。 だが、そんな彼らに向かって次々と弾丸の嵐が降り注ぐ。 楯にしていたテーブルもそろそろ保たないのではないか。 そう思ったときだった。 ようやく街のパトロールをしているザフト兵が乗った車が、彼らを守るように現れる。 それだけではない。 ブルーコスモスの者たちを取り囲むように歩兵達も次々と姿を現し、制圧をしていく。 「ようやく、かよ」 ほっとしたようにディアッカが呟いた。 「間に合ったから良かったようなものの……でなければ、間違いなくやばかったな」 もっと迅速に行動をしろ、とイザークが怒りを込めて吐き捨てる。それも、もちろん、ほっとしたからだろう。でなければ、彼だってこんなセリフを口にするはずがないのだ。 「まぁ、無事だったんだからいいことにしようぜ」 怪我もなかったんだし……と言いながら、ディアッカはキラの顔を覗き込む。果たして彼の心が大丈夫なのか、と思ったのだ。 「……どうして……」 こんな事を……とキラが呟く。その瞳の中には複雑な光が渦巻いている。 「さぁな……コーディネイターを生み出したのもナチュラルだ。そして、俺たちを排斥しようとしているのもな。知ろうとしてくれている奴らもいるんだろうが……そんな連中の考えなんて、俺にはわからないし、わかろうともおもわねぇな」 だから、お前も気にするな……とディアッカはキラに囁く。 「それよりも、折角の荷物がどうなったか、を心配しろよ。この調子じゃ、次にいつ買い物に出してもらえるかわからないぞ」 その時はどこから糧を回して入手強いてやるけどさ、とディアッカは明るい口調を作って口にする。 「心配するな。そいつの服だけは無事だな」 他のものは開けてみないとわからないが……とイザークが冷静に告げた。 「だとよ。あとは帰ってからだな」 後始末は連中に任せよう、と言いながらディアッカはキラの体を抱きかかえる。 「……あの……」 「そんなに震えている奴を歩かせられるかよ」 大人しくしていろと言いながら歩き始めた彼にキラは反論を返すことができない。そのまま彼らは差し向けられた車に乗って基地へと戻ったのだった。 |