一見、街は平穏を保っているかのように見える。だが、そうではないことをディアッカは気づいていた。同時に、それをキラに知らせない方がいいだろうとも思う。 「……服はこんなものでいいか……」 それとも、もっと買うか? こう言いながら、キラを振り向けば彼はふるふると首を横に振ってみせる。 「そんなにたくさんあっても、着る機会がないと思います」 最低限でよかったのに……とキラは付け加えた。 「遠慮……というわけではなさそうだな、お前の場合」 一体どういう生活をしてきたんだ……とあきれたようにイザークが口にする。 「僕は普通です」 少なくとも自分が暮らしてきた中では……とキラは付け加えた。 「まぁ、そう言うことでケンカしても仕方がないだろう」 暮らしてきた環境が違うんだから、といいながらディアッカはキラの肩を叩く。 「足りなくなったらまた買い出しに来ればいいさ」 それよりも飯にしよう、飯に……と言いながら、ディアッカはキラが抱えている荷物を取り上げる。 「自分で」 「いいから。お前が転んだら、後が大変だろう?」 自分が持っていった方が安全だ、とディアッカが笑えば、キラは困ったようにうつむいてしまう。 「それとも何だ? 荷物ごと抱えて欲しかったか?」 少し身をかがめながら、ディアッカはキラの耳にこう囁く。 「あぁ、それもいいかもしれないな。お前が転ぶ心配をしなくてもすみそうだし」 この言葉を耳にした瞬間、キラの頬が赤く染まる。 「そうしろ。何なら、荷物は俺が持ってやるが?」 ところが、イザークまでこんなセリフを口にしてきた。 「……イザーク?」 どうしたんだ? とディアッカが微かに眉を寄せる。彼が自発的にこんなセリフを言うとは思っても見なかったのだ。 「お前が気づいていないわけないだろうが」 そんな彼に、イザークがこんなセリフを返してくる。その瞬間、ディアッカの口元に満足そうな笑みを浮かべた。 「さすがだな」 「馬鹿にするな」 それくらい当然だろうが、イザークは言い切る。 だが、キラだけはそんな彼らの会話の意味がわからないらしい。一体何があったのか、と言うように小首をかしげていた。 「……あの、何か……」 あったのか、とキラが問いかけてくる。 「いや。まだ心配するようなことはないと思いたいんだがな」 心配するんじゃない、とディアッカが微笑みかければ、 「気づかないならその方がいいだろう」 お前は軍人じゃないんだからな……とイザークもキラの顔を覗き込んできた。だから普通にしていろ、と付け加えるイザークに、キラはますます困惑の色を深めていく。 「何にもないかもしれないし、俺たちの気のせいだと言うこともあり得るんだが……だが、できるだけ離れない方がいい」 だから、ディアッカの荷物にでもなっているんだな……とイザークは口にした。そして、ディアッカの腕からさっさと荷物を強奪した。 「……おい……」 何をするんだ、とディアッカが彼に問いかける。 「俺がこいつを荷物にして良かったのか? 今からでもかまわないぞ」 お姫様抱っこでいいんだよな……とイザークが笑う。その次の瞬間、ディアッカはキラの体を抱きかかえていた。 「お前よりは俺の方がいいに決まっているだろうが!」 もちろん、これがイザークの挑発だと言うことはわかっている。だが、わかっていても自分以外の誰かがそうしている所など、できれば見たくない……というのがディアッカの本音だった。 「ディアッカさん!」 抱え上げられたキラが反射的にしがみつきながら彼の名を呼ぶ。それが予想以上に心地いいとディアッカは思う。 「と言うわけで、移動な。飯、でいいんだろう?」 そんなキラを落とさないようにと抱え直しながら、ディアッカはイザークに問いかけた。キラを無視しているのは、当然故意にである。反論されても下ろす気がないのだ、彼には。 「そうだな。隊長のお薦めを聞いてきたんだろう?」 お前のことだから、とイザークもキラを無視しながら問いかけてくる。 「もちろんだ。こいつにもしっかりと喰わせないとな」 まじで軽い……といいながら、ディアッカはようやくキラを見上げた。 「言いたくないが……お前、あちらでどんな食生活を送ってきたんだ? そんなに物資が不足していたのか?」 いくら何でも、女並みの体重って言うのは問題だろう、とディアッカは口にする。 「……昔からです……」 アークエンジェルに乗っていたからではない、とキラは主張をした。 「なら、せめて人並みに喰えるようにがんばるんだな」 これからはできる限り付き合ってやるから、とディアッカは言い返す。 「でも……」 「いいの、いいの。俺がそうしたいんだから。いつもイザークと一緒じゃ飽きるだろう?」 キラの言葉にディアッカが笑いながらこう言えば、 「俺だって、お前の顔はいい加減見飽きたぞ」 イザークがこう言い返してくる。その絶妙のタイミングにキラは一瞬目を見開く。だが、直ぐに何かを思い出すような、それでいてどこか寂しげな表情へと変わっていく。 あるいは、あいつのことを思い出しているのかもしれない、とディアッカは心の中で呟いた。だが、それを問いかけるようなことはしない。そんなことをして、キラの心がそちらだけに向いては自分の思いが届かなくなると思うのだ。 「だから、キラが一緒なら新鮮でいいだろうが」 俺たちのことも知って欲しいしな、とディアッカは口にする。そうすれば、もっと印象が変わってくるぞ、とも。 「もっとも、お前は俺たちを許せないかもしれないけどな」 この言葉に、キラは首をしっかりと横に振ってみせる。 「……仕方がないことだったのでしょう……それに、今更……」 「だな。悪いことを言った。その代わりに、この戦い、できるだけ早く終わらせるようにしてやるよ」 それくらいしか約束してやれないけどな。 ディアッカがこういった瞬間だった。キラが柔らかく微笑む。その微笑みから、ディアッカは視線をそらすことができなかった。 |