「かまわないよ、もちろん」 むしろ、推奨させて貰おう……とバルトフェルドは口にした。 「それに気づかなかったのは僕のミス、だしね」 その言葉は嘘だろうとキラは思う。そんなことをしていれば、自分はここに戻ってこなかったとわかっているのだ。もちろん、それは彼らも同じことだろう。 だが、今は、そうすることができない。 どうしてなのか、と思っても、そうしたくないから……という答えしかキラは自分の中に見つけられなかった。 「……これも、みんなを裏切っているって事なのかな……」 口の中だけでこう呟いたつもりだった。だが、しっかりとそれは他のメンバーの耳に届いていたらしい。 「先に裏切ったのはあちらだろう?」 お前に薬を使って、無理矢理戦わせていたんだから、とディアッカが言葉を投げかけてくる。 「でも、僕にはみんなを守る義務が……」 「んなもん、軍の連中ならともかく、ただの《民間人》だったお前にはなかったんだよ。連中が何て言ったのか俺にはわからないけどな」 キラに最後まで言葉を言わせないと言うかのように、ディアッカがこう言った。その言葉に、キラは驚いたというように目を丸くする。 「どうした?」 そんなキラの様子に気がついたのだろう。ディアッカが彼の顔を覗き込みながら、問いかけの言葉を口にしてきた。 「……誰も、そんなこと、言ってくれなかったから……」 驚いただけだ……とキラは小さな声で付け加える。 アークエンジェルの中で、キラをあれこれかばってくれたフラガやラミアス、それにマードックにしてもキラに戦うことを望んでいた。彼らにしてみれば、それが当然のことだと思っていたのではないだろうか。あくまでも彼らは《軍人》でそれ以外の選択肢を持っていなかったのだろう。 だが、目の前にいる彼らは、別の選択肢をキラに与えてくれる。 その違いは一体どこにあるのだろうか。 キラはあまりの違いに驚いたのだ。 「……彼らの気持ちもわからなくはないけどね」 ふっとこういったのはバルトフェルドだ。 「バルトフェルド隊長?」 イザークがその声に不審そうなまなざしを向ける。いや、彼だけではない。ディアッカやアイシャも同様だった。 「彼らはあくまでも《軍人》だ。それ以外の選択肢を与えられていない。我々だとて、それが命令であればどのような理不尽な内容でも遂行しなければならないだろう?」 違うかね、と言われて、ディアッカ達は渋々と言ったように頷いてみせる。 「そして、そのために必要な才能をキラ君が持っていた。彼らにしてみれば、棚ぼただったのだろうね、あの時点では……ただ、直ぐに君が戦いに向かないとわかったのだろうが、その時にはもう退っ引きならない状況に追い込まれていた。せめてもの償いとして、彼らは君の心を守ろう、としていたのではないか……と僕は思うんだがね」 だから、キラがこちらにいると知っても彼は非難の言葉を口にしなかったのだろう、とバルトフェルドは言葉を締めくくった。 「だから、君は君の覚えているとおりの彼らを信じていればいい。他の誰かが言った言葉など忘れてしまいなさい」 そうは言われても、とキラは思う。そんなことはできないだろうと。 フレイの叫びや死んでしまったあの子の最後の言葉。そして…… 「そこまで、よ」 言葉と共にアイシャの手がキラの頬を軽く叩いた。 「今はそれを考える事じゃないでしょう? 第一、馬鹿のことは忘れなさい、馬鹿のことは。忘れられないことは、今は心の奥に仕舞っておくの。そのうち、ただの記憶になるから」 そうすれば、思い出しても苦しむことは少なくなる……とアイシャが告げる。彼女の口調は、いつものどこか舌っ足らずとも言えるそれが嘘のように力強いものだ。 「……でも……」 「大丈夫よ、ちゃんと思い出にできるから。私がそうだったもの」 それに、そんなことを考えられないくらい、いろいろなことがあるわよ、これから……とアイシャはいたずらっ子めいた微笑みを浮かべる。 「ダコスタ君達が、あれこれ画策してくれているようだもの」 この言葉を耳にした瞬間、別の意味でキラが硬直をした。 「と言っても、戦いやザフトの軍務に関わる事じゃなさそうよ。何やら、恋人やら何かのために作って欲しいものがあるそうなんだって。ダコスタ君が窓口になって各個人個人の要望まとめているのよね」 あれを全部作るとなるとかなりの時間がかかるわよ……とアイシャが笑う。 「……そう言うことならいいんじゃないのか? キラだって、何もしないでいるよりは忙しい方がいいだろう?」 な、といいながらディアッカがキラの肩に手を置いた。 「そう言うことなら、俺も頼みたいプログラムがあるし」 イザークもあるよな、と笑いながらディアッカが話題を振る。それに彼は苦虫をかみつぶしたかのような表情を作って見せた。 「その前に買い物をして来ないといけないよな?」 借り物ばかりじゃいやだろう、とディアッカが笑う。ついでというようにイザークのあの態度はいつものことだ、とも付け加える。だから、気にするな、と。 「そうだな。必要だと思うものを好きなだけ買ってくればいい。キラ君がいらないと言っても、君たちの判断で入手してくるように」 支払いは、これでしておいで……と言いながら、バルトフェルドが何かを放り投げてきた。反射的にキラが手を差し出せば、それはキラ名義のIDカードだった。 「……これ……」 「必要だろう? あぁ、費用の方は気にしなくていい。君の後見人になった方が全額払ってくださるそうだ」 それに、僕たちも多少なりとも出資させて貰うしね……とバルトフェルドが笑えば、アイシャやダコスタも頷いている。 「MS以外の乗り物は自由に使ってくれていいよ」 ついでに街の様子を視察してきてくれ、とバルトフェルドが口にした。そのまま彼は視線を書類に戻す。と言うことは、これでこの話は終わりだ、と言うことなのだろうか。 「……しかし、どうしてこの時代になっても書類は紙なのかねぇ」 モニターで見れば少しは気分が楽だろうに……とバルトフェルドが嘆く。 「そんなもの、いくらでも書き換えられるからに決まっているではありませんか。ハッキングをしてあれこれ誤魔化してくださった方もいらっしゃいますし」 あぁ、それに関する監視システムを開発して貰う、と言うことも要望の中に入れておくべきでしょうか……とダコスタがまじめな表情で問いかけている。その瞬間、バルトフェルドがわざとらしく視線をそらす。それだけで、キラにも誰が何をしたのか見当が付いてしまった。 「じゃ、行くか」 それに関して言及しない方がいいだろうと判断したらしいディアッカが、言葉と共にキラを引きずり出す。 「そんなことをしなくても……」 ちゃんと歩きます、とキラは口にする。 「いいから、いいから」 とディアッカは取り合わない。 「イザーク」 「付き合えばいいのだろう」 ディアッカの呼びかけに、イザークが渋々といった様子で歩み寄ってきた。 「……というわけで、久々に羽を伸ばしてくる来るか」 キラに何も言わせないようにとするかのようにディアッカは次から次へと言葉を口にする。 「伸ばしすぎるなよ」 貴様は信用ならない、とイザークも口を開く。 「いいじゃないか、少しぐらい」 二人の会話に、キラはとうとう最後まで口を挟むことができなかった。 |