キラの言動が少しは柔らかくなったか……と言われるとディアッカは悩む。だが、それでも自分たちが側にいても敢えて文句を言わなくなったのは事実だ。
「お前、その服、でかくないか?」
 どう見てもサイズが合っていないだろう……という服をキラが着ているのをみて、ディアッカがこう問いかける。
「……これ、借り物ですから……」
 それ以外に着るものがないのだ……とキラはためらうように付け加えた。
「考えてみりゃ、そうだよな」
 キラの服と言えば、ディアッカが拾ってきたときの私服ぐらいなものだ。それ以外は、どうやらザフトの支給品を回して貰っているらしい。だから、キラに丁度いいサイズがないのだろう。
「じゃ、買いに行くか?」
 街に行けば間違いなくキラに合うような服も売っているに決まっている。そして、少しは彼の気分転換にもなるのではないか。ディアッカはそう考えた。
「……でも……」
 そんなことをして貰う理由がない……とキラは口にする。
「俺がしてやりたいんだから、黙って付いてくればいいんだよ、お前は」
 第一、いつまでも他人の服を借りているのか? と問いかければ、キラは困ったようにうつむく。どうやら、それはそれで気にかかっていた事実らしい。
「俺も欲しいものがあるんだよな。そのついでだ」
 だから、手間でも何でもないとディアッカは先回りをしてキラのセリフを封じておく。
「……わかりました……でも、お金は……」
「気にするなって。バルトフェルド隊長に相談しておくさ。お前が作った医療システムだけでも十分なものだと思うぞ」
 少なくとも、これがそれなりの組織に所属している者たちであれば、かなりの対価を得ているはずだ、とディアッカは付け加えた。だから、彼がそれなりに小遣いぐらいはくれるんじゃないか、と。笑って見せれば、キラはますます困ったような表情を作った。
「あれは、別にそう言うつもりで……」
「わかっているって。だがな。金を持っていないお前がそれ以外にどうするんだ?」
 誰かに出して貰わない限り……とディアッカは口にする。それ以外にキラが金銭を入手することは不可能だ。そして、金を持っていないキラがものをかうことはできない。
「……そう、ですけど……」
 キラにしても、その事実はわかっているのだろう。彼の口から出る言葉から次第に力が抜けていく。
「と言うわけで、行くぞ」
 ともかく、バルトフェルドに相談をしないとな……といいながら、ディアッカはキラの腕を掴んで立ち上がらせた。そして、そのまま引きずるようにして廊下へと出て行く。
「……しかし……お前、またやせたんじゃねぇのか?」
 いや、単に太っていないだけかもしれないが、それにしても細すぎる、とディアッカは思う。
「……体重は変わらないと……」
 思います、とキラは言い返してきた。
「そう見えないのが問題なんだけどな」
 身につけている服のせいかもしれないが……とディアッカは笑う。
「だが、俺でも軽く抱え上げられるのはやっぱり問題だって」
 違うか、と言いながら、ディアッカはキラの体を自分の腕の中へと引き寄せた。そしてそのまま軽々と抱え上げてしまう。
「ディアッカさん!」
 キラの口から、初めてディアッカの名が出た。その事実に、ディアッカは内心嬉しく思う。だが、それを表に出すことはためらわれた。
「お前、俺の名前、ちゃんと覚えていたんだな。なかなか呼んでくれないから、てっきり忘れてるもんだとばかり思っていたぞ」
 あるいは、記憶の中から抜け落ちているとばかり……と代わりに告げれば、キラの頬が赤く染まる。どうやら、本人も意識していなかったらしい。
「もっとも、アイシャさん以外の他のザフトの連中も同じだったからな、お前は」
 それだけ、ザフトの人間にこだわっていたのだろう。その理由は間違いなく《キラ》が《足つき》に乗っていた、と言うことが関係している。ディアッカがそれを知っているとわかった以上、彼の中に彼に対するこだわりが減ったからなのかもしれない。
 だとしたら、嬉しいんだが……とディアッカは心の中で付け加える。
「僕は、そんなつもりは……」
「はいはい。なかったんだよな。ただ、あのことを誰にも悟られたくなかったと言うだけだろう?」
 こう問いかければ、キラは肯定するかのように体をこわばらせる。
「それに関しては、誰も気にしないとは思うんだが……心配するな。俺もイザークも誰にも言わない。その代わりというわけじゃないが、今日はつき合え」
 というか、いやと言ってもつき合って貰うがな。こう言いながらディアッカはさらに足を進めていく。
「……僕は……」
「気にするな。あいつらが全員、馬鹿じゃない、と言うことはわかったからさ。それだけでもマシだったよ」
 少なくとも、あいつはな……とディアッカは口にする。それが誰のことか、キラにもわかったのだろうか。淡い笑みを口元にはく。
「あの人は……例え敵でも、実力があるものは正当な評価をするべきだ、と思っているそうだから……」
 だから、自分のことも正当に評価をして、よくかばってくれたのだ……とキラは付け加える。
「そっか」
 なら、俺たちも負けてはいられないな……とディアッカは呟く。
「……何で……」
 そんなことを言うのか、とキラは態度で問いかけてくる。本当に、彼は言葉よりも態度や視線の方が雄弁だ、とディアッカは思う。あるいは、そうしなければいけなかったのかもしれない状況にあったのか、と。
「だって、お前、まだあいつの方が好きだろう? それじゃつまらねぇじゃん」
 今、キラの側にいるのは自分たちなのだ。
 エンデュオンの鷹やアスランと同じ程度――個人的な希望を言えば、それ以上――の好意を彼に抱いて欲しい。
 それがディアッカの本音だ。いや、そう思っているのは彼だけではないだろう。バルトフェルドを始めとしたこの基地の者たちも、言葉にはしないもののそう思っているらしいことは簡単に察せられた。ただ、イザークだけはキラに対しかなり複雑な思いを抱いているらしい。それは嫌悪ではなく、キラに対する好意と自分が行ってきたことに対する責任との折り合いが付かないだけらしかったが。
「……いっそ、イザークも引っ張り出すか」
 そうすれば、少しは彼も状況が変わるかもしれない。
 本当は二人だけの方がいいのだが、やはり彼も見捨てられないんだよなぁ……と唇の動きだけで呟いた。
「イザーク、さん……ですか」
 やはりキラも彼には複雑な思いを消すことができないらしい。
「そ。最近、あれこれ悩んでいるようなんでな」
 気分転換は必要だろう、とディアッカは笑う。
「それに、万が一のことを考えると、俺一人じゃ辛いかな、と思うし」
 キラを守るだけならともかく、それ以上のこととなれば……と言う言葉は本気だ。
「僕は、見捨てていただいても……」
「それじゃ意味ないだろう? お前は最後まで生き残る。そして、この戦争の行く末を見届けなければならないんだよ」
 そして、自分たちの行動が正しかったのか、俺に教えるの……とディアッカは力を込めて告げた。
「……僕の判断なんて……」
「お前だけだからな。地球軍とザフト、両方に関われるのは……だからだよ」
 それまでは俺が守ってやるよ。そう付け加えるディアッカに、キラは複雑な表情を作る。
「いいか。だから、俺が知らないところで死ぬんじゃないぞ」
 さらに付け加えた言葉に、キラは何も言い返してこなかった。それでもかまわないと、ディアッカは思う。少なくとも、キラの中に生きてもかまわないという選択肢一つ与えることができただろうとわかったからだ。
 それから先のことを考えるには、まだ余裕がある。
「ともかく、服と生活必需品……それにお前の場合はお菓子か?」
 好きだろう、と言えば、キラの頬が真っ赤に染まった。その反応が素直で楽しいと思う。
「普段からそうだと可愛いんだけどな、お前」
 からからと笑いながら、ディアッカは目的の部屋の前まで辿り着いたのだった。