「……どうして……どうして、それを知っているんですか?」 初めてキラの声に悲しみやとまどい以外の感情がこもるのをディアッカは耳にした。 「あなた方は……」 地上勤務の方々ではないのか、とキラは問いかけてくる。 「……俺たちは、アスランと同じ隊だったんだよ……俺が、バスターのパイロットだ」 「と言うことは?」 あなたがデュエルのパイロットなのか、と口にしたキラの声からは感情が失せている。それが、何のためかわからないディアッカ達ではなかった。 「恨むなら、好きなだけ恨め。今更、自分の行動をどうこう言うつもりはない」 まっすぐに向けられた、感情を映し出さない菫色の瞳を見つめ返しながら、イザークが言い切る。 「……そう、できればいいでしょうね……」 だが、キラの口から出たのはこんなセリフだ。ディアッカが支えるようにして抱きしめている体が小さく震えている。しかし、本人は気づいていないのだろう。 「それを言うなら……僕だって、たくさんの人を殺しています……それに、守れなかったのは、僕だから……」 いくらイザークを恨んでも、もう、あの子達は戻ってこないから……とキラは視線を落とす。 「……本当にお前は……」 どうして、全ての感情を自分の中へと閉じこめてしまうのか。しかも、悪いのは自分だ、と思いこんでいる。 こういう性格だからこそ、ナチュラル達にいいように使われてしまったのかもしれない、とディアッカ達は思った。あるいは、あの艦の中にも、少しでもそんな彼を守ろうとしていた者がいたのかもしれない――エンデュミオンの鷹を始めとして――だから、彼は見捨てられなかったのだろうか。 「俺を憎めば、少しは楽になるだろうに……」 同じような考えに行き着いたのか。イザークがため息混じりに言葉を吐き出している。 「そんなことをしても、意味がないでしょう……今更……」 時間は巻き戻せないのだから、とキラは呟くように口にした。 「……一つだけ、教えてください……」 ふっと何かを思いついた、と言うようにキラが初めてディアッカに自分から話しかけてくる。 「何だ?」 そんな彼の行動に一抹の不安を感じながらも、ディアッカが聞き返す。 「ストライクは……アークエンジェルはどうなりました?」 「逃げた。残念だが、ここの隊の守備範囲外へな」 追いかけたくても現状では追いかけられない、とディアッカは答えを返してやった。 「……そうですか……よかった」 ほっとしたようにキラは吐息を吐き出す。 そのままさりげなく、ディアッカの脇に置かれていた手をキラは動かした。そして、銃を抜き取る。 「おい!」 何をするんだ、と言いながら、ディアッカはその腕から銃を取り上げようとした。だが、それよりも早く、キラは彼の腕の届かないところまで移動をする。 「……後は、僕がいなくなれば……みんなに迷惑をかけないですむから……アークエンジェルの秘密も、ストライクのことも……」 みんな持って自分が逝けばいい。そうすれば、彼らは無事に逃げ延びられるだろう。キラはこう言いながらゆっくりとこめかみに銃口を押し当てようとした。 だが、その手が不意に止まる。 正確に言えば止められたのだ。 「えっ?」 ディアッカ達はまだ動いていない。では誰が……というようにキラは視線を向ける。 「こらこら……短慮をするんじゃない」 そう言って笑っているのはバルトフェルドだ。 一体いつの間に……とキラだけではなくディアッカ達も思う。先ほどまでは誰もいなかったのは事実だし、人の気配も伝わってこなかった。 あるいは、それを感じさせない、と言うのが実戦経験の差なのかもしれない、とディアッカは思う。 「放してください!」 キラがこう叫びながら暴れている。 「手を放しても君がなにもしない、と言うなら放してあげるけどね」 もし、まだ死のうというのであれば駄目だ、と彼は付け加えた。 「それに、僕には君に何も聞くつもりはないんだよ。そんな必要はないしね」 そして、他の者たちにしても同じだろう……とバルトフェルドは笑う。 「……でも……」 彼らにとってそれが一番知りたい情報であろう、とキラは思っているらしい。確かにそれがわかれば、これからの戦闘が楽になるのは事実だ。だが、それをしたことでキラを失えるか、と言うとここのメンバーには無理かもしれない、とディアッカは思う。 キラを知らない頃であれば可能かもしれなかったが、今は知らなくていいことすら知ってしまった。 ここまで傷ついたのだ。それ以上傷つける必要があるのか、とディアッカは心の中で呟いた。おそらく、イザークあたりも同じ思いなのではないだろうか。 「それにね。君には保護依頼が出ている」 プラント本国からね、とバルトフェルドが口にした。 「……保護?」 「そう、保護、だよ」 決して捕まえろとか、情報を引き出せ、と言うことではない……とバルトフェルドが付け加える。 「だから、君は安心してここにいてくれていい。第一、今君が死を選べば、間違いなくうちの隊の者たちの怒りの矛先は足つきに向けられるだろうね」 そうなれば、かえって彼らにとっては良くないのではないかな? と言われて、キラは思わず唇を咬む。ある意味卑怯とも言えるセリフだ、と言うことはバルトフェルドも自覚しているだろう。だが、それでもキラを失うよりはマシだ、と思っているのかもしれない。 「……僕は……」 死ぬ自由すら与えられないのか……こう言いながら、キラの手が力を失う。 「違うな。ゆっくり考える時間を与えられたってことだろう?」 自分自身のことを考えるための……といいながら、ディアッカはゆっくりとキラに近づいていく。そして、まだその指に握られたままになっていた銃を取り上げた。 「あいつとのことも、自分のことも、ゆっくりと考えるんだな」 まぁ、しばらくは暇そうだから、付き合ってやるよ。言葉と共にディアッカはキラの髪に触れる。予想よりも柔らかい感触が、その掌から伝わってきた。 「そう言うことだね。まぁ、何も心配しないでゆっくりとするのが一番だよ。でないと、僕がアイシャに振られてしまうしね」 と言うわけで、僕のためにもここにいて欲しい、とバルトフェルドが冗談めかして口にする。 「それに、僕たちの年齢までなってしまえばともかく、君たちはまだまだ過去の失敗を取り戻すことができるんだ。それが終わるまで生きてみるのもいいんじゃないのかな?」 バルトフェルドの言葉が終わらないうちに、キラの瞳に涙が盛り上がってきた。そして、それはまるで堰を切ったかのようにあふれ出す。 「あっ……あぁ、泣くなって」 次の瞬間、焦ったような声がディアッカの口から飛び出した。どうしていいのかわからない、と言うのがその表情からしっかりと伝わってくる。 「まぁ、がんばるんだな」 青少年といいながらバルトフェルドがキラの体をディアッカの方へと押しやってきた。 「バルトフェルド隊長!」 これにはディアッカも驚く。 「責任を持ってなだめておくように」 だが、バルトフェルドはしれっとした口調でこう言い返してきた。だけではなく、イザークとアイシャを促してそのまま部屋から出て行く。 「……あぁ、泣くなってば!」 自分の胸にすがるようにして泣き続けるキラに、文句を言うことも忘れてしまう。ともかく、少しでも早く泣きやんで欲しいと思いながら、とりあえずディアッカは彼の髪を撫でていた。 |