そのころキラは、部屋へと向けてゆっくりと歩いていた。
 建物内には、まだ瓦礫が残っているのだ。それに足を取られて転んで怪我をしては、ただでさえ忙しいドクターの迷惑になってしまうだろう。
 そう判断しての事だ。
「……見ていられんな」
 そんなキラの耳に、どこか高飛車とも言える声が届く。視線を向ければ、銀色の髪の少年が立っている。その顔に傷があることに、キラは今気がついた。
「……何のご用でしょうか……」
 キラは彼にこう問いかける。
「危なっかしくて見ていられんから、連れて行ってやる。部屋に戻るんだろうが!」
 こう言いながら、彼はキラの腕を掴んだ。
「あ、あの……一人でも……」
「いいから、黙って付いてこい!」
 この言葉と共に、彼はキラを引きずるようにして歩き出す。こうされてしまっては、キラとしても大人しく付いていくしかない。
 だが、意外なことに、彼はキラの歩調に合わせるようにゆっくりと進んでいく。
 しかも、急に止まるようなことも、進路を変えるようなことも彼はしない。
「……どうして……」
 こんなに気を遣ってくれるのか、とキラは彼に問いかけた。
「簡単だ。お前がこちらに歩み寄ってきたからだ」
 だから、こちらとしても妥協してやろうと判断をしただけだ、と彼は付け加える。
「それに……お前を拾ってきたのは俺の仲間だからな。俺にも多少の責任がある、と言うだけだ」
 お前が気にする必要はない、とイザークは付け加えた。
「でも……」
「俺がいいと言っているんだ。お前は素直に付いてくればいいだけだろうが!」
 見ていて不安なんだ、と彼は口にする。
「……ありがとうございます……」
 キラがこう言えば、彼は一瞬、驚いたような表情を作った。だが、それは直ぐに消える。
「……お前も、最初からそう言え!」
 これに、キラは困ったような苦笑を浮かべた。そして、そのまま彼に導かれるままに歩いていく。
 だが、実のところ内心は複雑なものがある。
 本当に、こんなに心配して貰っていいのだろうか……と心の中で呟く。だが、それを口に出すことができない。その事実が、キラに重くのしかかっていた……

 キラの部屋に辿り着く直前、ディアッカ達はイザークに連れられてきたキラの姿を見つけてしまった。
 目の前の光景に、ディアッカは信じられないモノを見たというように固まってしまう。
「……僕たちはそこに隠れているからね」
 がんばりたまえ、といいながらバルトフェルド達は手近な部屋と滑り込んでいく。
「……ディアッカ?」
 タイミングを計っていたのだろうか。それを確認してからイザークが声をかけてきた。同時にキラも視線を向けてくる。
「お前らがセットだ……というのは珍しいがな。丁度いい。話があったんだ、キラに」
 どうせお前も付き合うんだろう、イザーク。ディアッカはそう付け加える。
「……外せ、と言うのなら、席を外すが?」
 でなければ、自分はここにいるぞ……とイザークは主張してきた。それは予想していたことだから、ディアッカもそれ以上反対をしない。
「と言うわけで、キラ。お前宛に伝言を預かってきた」
 こういった瞬間、キラの体が硬直するのがディアッカにもわかった。できれば逃げ出したいとも思っているのだろう。だが、イザークがその腕を掴んだままであるがためにできないらしい。
「……僕、に……伝言なんて……」
 あるわけない、と告げるキラの声が震えている。
 その様子は、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。
 だが、ここで仏心を出すわけにはいかない。そうすれば、キラはいつまでも自分の中に全てを封じ込めようとしてしまうだろう。それが彼のためにならないことは聞かされてきたのだ。
「あるんだよ。《エンデュミオンの鷹》からな」
 はっきりとディアッカが彼の名を口にした瞬間、キラの顔から血の気が失せる。
「おっ、おい!」
 慌ててイザークがその体を支えなければ、キラはこの場に崩れ落ちていたことだろう。
「……嘘……」
「じゃねぇよ。この前の戦闘の時に、通信を入れたのさ。お前を保護していると」
 即座に反応を返してくれたぞ、とディアッカは笑った。キラを安心させようとしたその表情は、だが逆効果だったらしい。その細いとも言える体が小さく震えだしている。
「……別段、最初から確証があったわけじゃない。ただな。お前に使われた薬。それがナチュラルの連中にとっても特別な、それこそ地球軍ぐらいしか使わないものだった、って言うだけだ」
 だから、あいつにかまをかけたらビンゴだった、って言うだけだよ。こう言いながら、ディアッカはイザークの腕からキラの体を受け取る。そして、そうっとその背を叩いてやった。
「あいつからの伝言だ。お前に感謝していると、さ。そして、どこにいてもお前の幸せを祈っていてくれるんだと」
 こう囁いてやれば、キラの瞳から涙がこぼれ落ちていく。
「……僕……」
 そんなことを言ってもらえる人間じゃないのに……とキラは呟いた。どうやら、この言葉が彼の心の壁に亀裂を入れたらしい。それはそれでいいことなのだろうか、とディアッカは思う。
「お前はちゃんと義務を果たしたんだろう?」
「違う! 僕は……」
 逃げ出したんだ、とキラは口にする。もうみんなを守れなくなったから……戦えなくなったから……と彼の口からこぼれ落ちる言葉は悲痛な響きを伴っている。それは聞いているものにも痛みを感じさせるものだ。
「キラ、いいから……」
「……戦わなきゃなかったのに……みんなを巻き込んだのは僕だから、戦わなきゃなかったのに……僕は守れなかった……だから……」
 処刑されても仕方がないのに、とキラは最後に付け加える。
 だから、今、その言葉を口にしたのだろうと。
「馬鹿! んなことするつもりなら、あの日のうちにやっているって……」
 逆だ、とディアッカはキラの背を軽く叩きながら口にした。
「俺たちは、お前に生きていて欲しいと思っている。ただ、お前は死にたがっているようだったからな。どうしてか、って思っただけだよ」
 隠し事をしているうちは、どうしたって前向きになれないだろう? と付け加えれば、キラはわからないと言うように首を横に振ってしまう。
「ともかく、全部話してみな。ヘリオポリスからここまでのことを」
 そうすりゃ、少しは気が楽になるだろう……とディアッカは付け加える。
「俺も聞きたいな。いや、聞かなきゃないだろう。お前がそうだというのであれば、俺たちにも責任はあるはずだからな」
 イザークもこう口を挟んできた。それにキラはどうしようかというように考えているようだ。その合間にも、小さくしゃくり上げている。
「……ともかく、泣きやむのが先決か……」
 このままじゃ、呼吸もままならないだろう、お前……とディアッカは笑って見せた。
「それに、ここでするような話じゃないだろうが」
 誰に聞かれるかわからないからな……というイザークの言葉ももっともなものだろう。
「そうだな……そこの部屋にするか」
 言葉と共にディアッカが示したのは、バルトフェルド達が隠れているあの部屋だった。
「ほら、移動するぞ」
 キラの体を半ば抱きかかえるようにしてディアッカは移動をし始める。珍しくも、イザークが頼む前にドアを開けてくれた。
 部屋の中に足を踏み入れれば、そこには誰の気配も感じられない。おそらく、どこかに隠れられる場所があるのだろうとディアッカは思った。同時に、その方がキラにとってはいいのかとも思う。自分たちに告白するのだって、彼にとってはかなりの負担になるのではないか、と判断したのだ。
 だが、いざというときには彼らの持っている別方面からの一件、と言うのが重要な意味を持っているだろうと言うことも想像が付いている。
 こう言うときに、まだろくな力を持っていない、と言うことが歯がゆく思えるのだ。だが、それは生きてきた時間の違い、と言うことで諦めるしかないだろう。
「ともかく、そこに座れ」
 言葉と共にディアッカは、キラの体を部屋に備え付けられているソファーの上へと下ろしてやった。そして、自分はその隣へと腰を下ろす。反対側に置かれている一人がけのそれにはイザークが腰を下ろしていた。
「……と言うことで、聞かせて貰おうか。どうしてお前が足つきに乗ることになったのか、と言うところから」
 こう言って促せば、キラは仕方がないというように小さくため息をつく。そして、ぽつぽつと言葉を口にし始めた。
 自分がカトーゼミの一員であったこと。
 あの日、たまたまラボで出逢った少女。
 攻撃が始まったときと同時に、彼女が取った行動。そして行き着いた地球軍の秘密基地。
 再会した親友のこと。
 ストライクのコクピットに押し込まれ、そして、ジンの攻撃からナチュラルの友人達を守ろうとしてOSを書き換えてしまったこと。
 そこから後はなし崩しだったのだ……と。
 アルテミスで言われた言葉やラクスとの出会い。
 合流するはずだった艦隊の全滅。それに乗っていたのが友人の父親であったこと。彼を救えなかったこととラクスを逃がしたことから、自分の身に降りかかってきたことも含めてキラは全て口にした。
 それから伝わってきたのは、キラが全てを知っていて、それでいても自分の責任だからと逆らうことなく受け止めていた、と言う事実だった。
 どうしてそんなことができるのか、とディアッカは思ってしまう。
「……でも、そのせいで僕は救えなかったんだ……何をしても守らなければいけなかったのに……彼らが乗ったシャトルがデュエルによって狙撃されてしまったのを、止められなかったんだ……」
 もし、自分の身体に異常が出ていなかったら止められたのだろうか、とキラは呟くように口にする。
「……今、何て言った?」
 だが、それに反応を返したのはディアッカではない。イザークの方だ。
「何って……」
「デュエルが撃ったシャトルに、乗っていたのが誰だと? 戦闘から逃げ出そうとした地球軍の臆病者が乗っていたんじゃなかったのか?」
 彼の言葉に、その場の空気が凍り付いた……