アークエンジェルとの戦闘。
 そして、レジスタンスの襲撃に伴うあれこれの後始末が終わったのは、それから数日後のことだった。
 と言っても、パイロットであるディアッカ達には、自分たちの機体の整備以外にするべき事はないのだが……ただ、どうしたことか、キラの方が忙しくなってしまったのだ。そのせいで、目的を果たすことができなかった、と言うのが真実である。
「……あいつも落ち着いた、かな?」
 誰かが入手してきたのだろうか。比較的度が強い眼鏡をかけて、キラはシステムの調整に借り出されていた。そして、キラもある程度は妥協する態度を見せている。だから、別段口を挟むことはないだろうとディアッカは判断していた。
 あるいは、怖かったのかもしれない、とディアッカは思う。キラを傷つけるであろう事をすべきではないのではないかと。どう考えても、今のキラは心の傷が癒えているようには思えない。ただ、その痛みを一時的に意識の外に追い出しているだけなのだ。
 しかし、いつまでも物事を棚上げして置くわけには行かないのもまた事実。
 だから……と腰を上げることにした。
「しかし、面倒だな……」
 バルトフェルドに声をかけ、許可を取ってからでないといけないというのは……とディアッカは呟く。それでも、その条件をのんだのは自分だ。仕方がないだろう、とも思う。
「……あいつが置かれていた状況を考えれば仕方がないんだろうが……」
 ストライクの一件がなかったとしても、キラの立場は微妙だと言っていい。バルトフェルドの好意がなければ、ここを追い出されていたとしてもおかしくはないのだ。もっとも、そんなことをさせるつもりは最初からディアッカにはなかったが。
「さて……と……」
 まずはバルトフェルドか。こう呟きながら、ディアッカは廊下を歩いていく。
 階段を上がり、二階にある彼の執務室のドアの所まで辿り着けば、反対側からアイシャが歩いてくるのが見える。その瞬間、ディアッカは思わずため息をついてしまった。どうしても、未だに彼女に対する苦手意識が抜けないのだ。しかも、キラに絡むと彼女は恋人のバルトフェルドですら平然と怒鳴りつけるようだし……
「……あら? そこにいるのはエルスマン家のオコサマ、よね?」
 彼女に見つかる前に、と思ったのはやはり無理だったらしい。
「ディアッカ、です。俺は、父の付属物ではありませんので」
 名前で呼んでいただきたい、とディアッカは言い返す。
「あら。それは悪かったわね」
 婉然と微笑み返す彼女はやっぱり苦手だ……とディアッカはため息をつく。そして、とりあえず彼女を無視してバルトフェルドに入室の許可を求めることにした。
 だが、アイシャの方はそんなディアッカの気持ちを無視視するかのように歩み寄ってくる。
「あの子のこと?」
 実行に移すのか、とアイシャが問いかけてきた。
「……いつまで引き延ばしていても、あいつのためにならないだろうし……約束もしましたからね」
 例え、その相手が敵だろうと何だろうと、約束した以上果たさなければならないだろう、とディアッカは口にする。
「そう言う考え方をする子は好きよ」
 微笑みと共に彼女は執務室のドアを開けた。
「アンディ、頼まれていた資料よ。それと、ディアッカ坊やが話があるって」
 誰が坊やだ、とディアッカは心の中で毒づく。だが、それを表情に出すことなく、アイシャの後について執務室へと入っていった。
「……と言うことは、これから例の件を実行に移す、と言うことかな?」
 バルトフェルドがアイシャから資料を受け取りながら問いかけてくる。
「いつまでも先延ばししているよりはいいか、と思ったのですが。あいつも、今のままよりもマシだろうと判断したのですが。それに、ちょっと約束をしたこともありますので」
 ストライクの今のパイロットと、とディアッカは付け加えた。
「ほう……なるほどね。敵にも真っ当な思考の持ち主がいた、と言うことか」
 器用に片方の眉毛だけを上げながら、バルトフェルドが言葉を返してくる。
「でしょうね。まぁ、《エンデュミオンの鷹》はその噂に違わないだけの思考と実力の持ち主だ、と言うことですよ」
 ディアッカがこう言い返せば、なるほど、と言うようにバルトフェルドは頷いていた。前線で戦うものは相手に対しての敬意を忘れてはいけない。それに値するだけの相手だった、と言う事実が、彼には嬉しかったのだろう。
「では、彼のためにもいいのかもしれないな」
 こう言いながら、バルトフェルドは腰を上げた。
「アイシャ、あの子は?」
 そのまま、彼の行動を全て把握しているであろう相手に問いかける。
「さっきまでは、医療用AIのOSを修正していたわね。それが終わったのなら部屋の方へ戻っているはずよ」
 それ以外の設備には絶対手を触れようとしないのだ、キラは。
 アイシャ達はその理由を知っているから敢えて無理に手を出させようとはしない。他のものには彼の体調不良を理由に無理強いをしないように命じてある。そして、それに逆らう者はこの隊にはいない。と言うことは、アイシャの言葉通り与えられた部屋にいるはずだ。
「では、行こうか。僕も興味があるし……彼に伝えなければならないこともあるからね」
 もっとも、それはディアッカの説得が失敗したときのための切り札だが……と彼は付け加える。その言葉に、ディアッカは面白くないと思う。何か、最初から自分が失敗すると予想されているようなのだ。
「あぁ。誰も、君を信用していないわけではないよ。単に、別件が舞い込んできた、と言うだけだ」
 まぁ、君の行動がその発端になったというのは否定しないが……とバルトフェルドはディアッカに告げる。
「……俺、ですか?」
 一体何を……と考えて、ディアッカは直ぐに答えを見つけた。
「ラクス嬢から何か?」
「いや。父君からだよ、連絡があったのは。まぁ、ラクス嬢の意向が働いているのは間違いないだろうね」
 君の推測は十分的を射ていた、と言うことだよ……とバルトフェルドは笑う。そして、そのまま彼の肩にその手を置いた。
「と言うことで、君に任せるが……ただ、状況次第では僕かアイシャが割ってはいる。キラ君の精神状態の方が重要だからね」
 それを悪化させないことが……と言われなくてもディアッカにもわかっている。実際、彼だってそれを望んでいないのだ。
 逆に、キラ自身に未だに絡みついている呪縛を何とかしてやりたい。
「……俺は、単にあいつの笑顔を見てみたいだけなんですけどね……」
 ぼそっと呟けば、バルトフェルドだけではなくアイシャも同意を示す。
「そうだね。そのための第一歩……と言うことにしておこう、今回のことは」
 では行こうか……というとバルトフェルドは先頭を切って歩き出す。その後をディアッカとアイシャも追いかけた。