「こちらも、大変だったようだな」 目の前の惨状に、バルトフェルドが苦笑を浮かべている。 「そうね。いきなり馬鹿は押し寄せてくるし、システムにハッキングしようとされるし……ちょーっと大変だったかもしれないわね」 まぁ、建物以外は無事だけど……とアイシャは笑う。 「ほぉ?」 全く……といいながら、バルトフェルドが面白そうな表情を作っている。その理由はアイシャにもわかっていた。だが、それについて先に口を開こうとはしない。 「誰がハッキングを阻止したんだい? ここに残っていたメンバーには無理だと思うんだが?」 ぜひ教えて貰いたいね、とバルトフェルドが言う。もちろん、彼もある程度は予想しているのだろうことはアイシャにもわかっていた。 「あの子に感謝してね」 さらに笑みを深めながらアイシャは言葉を唇に乗せる。 「ザフトだろうと何だろうと、人が死ぬのは嫌なんだって……そう言って、がんばっていたわ」 あの視力でよくも、としか言いようがない状況だった、とアイシャは付け加えた。 「……そうか……」 そんな彼女の言葉にバルトフェルドは難しい表情を作る。それは喜んでいない、といわけではないだろう。ただ、何か複雑な事態になったことだけは事実らしい。 「アンディ?」 どうしたの、とアイシャが問いかける。 「あの子にシステムを触らせたのがいけなかったのかしら?」 でも、おかしいところはなかったわよ、とアイシャは付け加えた。 「いや、そうじゃない……この件を使ってあの子を守れるかどうか、考えていただけだよ」 ため息と共にバルトフェルドは言葉を口にする。 「どういう事?」 彼らしくない態度にアイシャは眉を寄せた。 「あの子のことで何かわかった、と言う事かしら?」 それも、厄介な状況が、と問いかければ、バルトフェルドは素直に首を縦に振ってみせる。 「クルーゼ隊のオコサマ二人が追ってきた足つき。そのMSの以前のパイロットがあの子だったらしい……」 つまり、ザフト側から言わせるとキラは『裏切り者』と言うことになるのだ、とバルトフェルドは告げた。 「……でも、それは本当にあの子の意思だったの?」 キラと一番長い時間一緒に過ごしているのは、ここでは間違いなくアイシャだろう。その彼女が知っているキラとバルトフェルドの言葉とが上手く結びつかないのだ。 第一、その情報をいつどこで彼が入手したというのだろう。自分にはそのような話をしてくれなかったではないか、と視線に含ませる。そうすれば、バルトフェルドの表情が軟らかくなった。 「そこまではさすがにね。推測段階で問いつめたところで、あの子の態度を頑なにさせるだけだったろうし……それ以上に自棄になられても困る。と言うわけで、君にも内緒にしておいた、と言うわけだ」 それで彼に気づかれてはまずいだろう? と説明されてしまえば、アイシャにしてもこれ以上怒っているわけにはいかない。 「……そう言うことなら、仕方がないわね」 それでも、一言何か言って欲しかった……とアイシャは恨みがましく口にする。 「ともかく……これから、あの子をどうするわけ? そうだとしても、追いつめないで欲しいものだわ」 ようやく、他の者たちにも目を向け始めたのだから……と言えば、 「それに関しては、彼に期待するしかないだろうな」 とバルトフェルドが返してくる。この言葉に、アイシャは眉を寄せた。 「彼?」 誰のことか、と言外に問いかける。 「エルスマン家のご子息、の方だよ。彼を拾ってきた……」 ニヤリと笑いながら、あっさりと答えを返してきた。この言葉にアイシャの眉はますます寄ってしまった。 「……やめさせられないの?」 間違いなく、彼はキラを追いつめるのではないか。宇宙での因縁があるのであれば余計に、とアイシャは不安を隠さない。 「どうやらね。彼はあの子に惹かれているらしいよ。それが『Like』なのか『Love』なのかまではわからないけどね」 だから、最悪のことにならないのではないか、とバルトフェルドは告げる。 「ならいいけど」 それでも、アイシャは不安を消すことができなかった。 「どうしても心配だ、と言うなら、見えないところでチェックしていればいい。一応、直ぐにはしないように、と言ってある。現在、こういう状況だから、なおさら、だね」 後始末をしてしまわなければ、落ち着いて物事に取り組めないだろう、と言われて、アイシャはようやく納得する。 「わかったわ。それなら納得してあげる。でも、あの子を追いつめるようなら即座に邪魔をさせて貰うわよ」 ついでに、最悪のことになったらキラを連れてここから出て行く、とアイシャは口にした。ジャンク屋ギルドへ戻れば、キラと二人ぐらい生活できるだろうと。 「それは困るな」 君にいなくなられると、とバルトフェルドは即座に言葉を返す。 「しかし、ずいぶんと気に入ったようだね、あの子が」 確かに、いい子なのだろうけど……とバルトフェルドは興味ありげに口にした。 「あの子ね。あまりにいい子過ぎて、自分を追いつめてしまうのよね。そう言うところが似ているの」 何かを思い出すような表情を作ると、アイシャはこう言葉を返す。 「誰に、かな?」 それに、バルトフェルドは興味がありありという態度でされに問いかけの言葉を口にした。その裏に、微かに別の感情が見え隠れしているような気がするのは、アイシャの気のせいではないだろう。 「内緒よ……どのみち、もう、この世にいない人だもの」 そんな相手に嫉妬をしないわよね、とアイシャは笑い返す。 「まぁ、ね……お互いに、それに関しては不問にしておいた方が良さそうだね」 この年齢になれば、お互いあれこれ過去にあったとしてもおかしくはないだろう、とバルトフェルドが笑った。彼にしても、アイシャに隠していることの一つや二つあるのだろうから。 「そう言う事よ。あぁ、でも、ちゃんとキラをほめてあげてね」 がんばったのだし、そのおかげであれこれ助かったのだから……とアイシャは口にする。 「もちろんだよ。もっとも、彼が僕に会うのが嫌でなければ、だけどね」 ザフトの隊長に会うのは嫌だろうから、とバルトフェルドがため息をついたときだった。 彼のディスクに置かれた端末が反応をしている。 「私だ。どうかしたのかな?」 即座に反応を返す彼の耳に、通信室からの連絡が届いた。だが、その内容にはさすがのバルトフェルドも驚きを隠せない。 「……クライン議長から、直通だと? 間違いないのだね?」 思わずこう聞き返してしまったほどだ。 『はい。どうしますか?』 彼の方もかなり動揺しているのだろう。こんな問いかけをしてくる。 「どうするも、お話しをさせて頂くしかないだろう? こちらに回してくれ」 こう言いながら、バルトフェルドは自分の衣服を整えた。そして、いすから立ち上がる。それとほぼ同時に、壁に取り付けられたモニターにシーゲル・クラインの顔が映し出される。 『申し訳ないね、バルトフェルド隊長』 こう呼びかけてくる彼に、バルトフェルドは首を横に振って否定をして見せた。 「いえ、お気になさらず……私よりも議長の方がお忙しいのではありませんか? それをわざわざ……」 一体何のようなのだろう、とアイシャも思う。 『娘の命の恩人がそちらにいると聞いたのでね』 彼の言葉は、アイシャ――いや、キラにだろうか――にとっては福音とも言えるものだった。 |