砂塵


 ストライクの動きが違う。
 手強いのは事実だが……今までとは全く違った反応を返してくる。
「一体、どうしたって言うんだよ!」
 こう叫びながら、ディアッカは相手めがけてランチャーを撃つ。
 もちろん、それは相手にも予想されていたのだろう。
 砂埃を周囲に巻き上げながら、ストライクは避ける。そこへイザークとバクゥが攻撃を加えようとした。
 だが、それよりも早く足つきから援護のためのミサイルが飛んでくる。
『ここまで、だな。無駄な戦いは死に繋がる。今回は相手の攻撃パターンを読んだだけで満足しよう』
 彼らの耳に指揮官であるバルトフェルドの声が届いた。
『バルトフェルド隊長!』
 納得できない、と言うようにイザークが叫んでいる。
 その気持ちは理解できる、とディアッカは思った。彼は、ストライクによってその顔に傷を付けられていたのだ。いや、傷つけられたのは顔だけではない。高すぎるプライドすらもへし折られたのだろう。
 それは、彼にとってある意味いいことなのでは、と思う。自分を見つめ直すいい機会だろうとも。だが、それを口に出すほどディアッカは愚かではない。
「……自分で気づかなきゃ、意味ねぇよな」
 イザークの声を耳にしながら、ディアッカは呟く。もちろん、その間にもストライクへの攻撃は続けていた。
『今、君は私の指揮下にある。それとも何かな? クルーゼ隊長はそう言う勝手を許していたと?』
 この言葉には、さすがのイザークも反論できなかったらしい。
『君たちの機体はともかく、バクゥはそろそろバッテリーが切れる。そうなれば、連中の思うつぼだ。データーでは、あの機体はバックバックを換装することでバッテリーの補充もできるのだろう?』
 そうすれば、後は惨殺されるだけだ、と冷静な口調でバルトフェルドが指摘してくる。理詰めで説得されれば、イザークとしても納得するしかないのだろう。
『……わかりました……』
 渋々といった様子で言葉を返している。
『では、撤退だ。煙幕弾を!』
 バルトフェルドの命令と共に、兵士達が行動を開始した。
 彼の側に展開していたジープから次々と弾丸が発射される。それらはストライクと足つきの周辺に着弾をした。弾丸本来が持っている煙幕機能だけではなく、爆発によって周囲の砂をも巻き上げる。
「こいつは……連中だけじゃなく俺たちの視界まで遮断されるじゃねぇか」
 もっとも、退却ポイントは指示されているし、周囲にいるのはストライク以外は味方だけだ。お互いの機体が出している識別信号で位置も確認できるから、接触するような馬鹿はいないだろう。
 そう判断をすると、グゥルを上昇させる。
 そして、そのまま戦場を後にした。

 昼間の暑さと打って変わって、夜になると寒い、などという言葉では言い表せない気温になる。だが、こちらの方が星がよく見えるな、と思いながら、ディアッカは砂の上にジープを走らせていた。
「……まぁ、あいつらの居場所がわかれば、万々歳、と言うことだよな」
 単なる気分転換だ、と言うことは否定しない。イザークという台風から逃れるにはこれしかなかったとも言えるだろう。そのことは許可を求めたバルトフェルドもわかっていたのか。あっさりと許可が出されたのだ。
 許可さえ貰ってしまえばこちらのもの。
 そう思って、ディアッカはさっさと本部を抜け出した。
 そのまま、周囲に何もないことをいいことにして、ジープを爆走させていたのだが……
「……ん?」
 彼の視界を何かが通り過ぎる。
 反射的に、ディアッカはブレーキを踏んでいた。
「今のは……鳥か?」
 それにしては時間がおかしくないだろうか。
 確かに地球には夜活動をする種類の鳥がいる。だが、ここ近辺にはその種類はいないはずだ。第一にして金属的な輝きを持ったものなんているわけはない。
 ディアッカがそう思ったときだ。
 それがジープのフロントに近寄ってきた。その時、初めて彼はそれがロボットペットだとわかる。
 しかも、だ。
「何かを教えようとしているのか?」
 どこかに自分を案内したい。そう思わせるような仕草をそれはしている。
「どうせ暇だし……付き合ってやるか」
 まるでその言葉がわかったのだろうか。
 それはかわいらしい鳴き声を上げる。
 そして、再び空へと舞い上がった。
 ディアッカはアクセルを踏むと、スピードを調節しながらその後をついて行く。
 流れていく光景の所々に、何やら攻撃を受けたらしい残骸があった。ひょっとして、自分たちの戦闘に巻き込まれたのか、とディアッカは一瞬考えてしまう。だが、それにしては昼間の戦場とは距離がありすぎる。
「そう言えば、ここいらにはレジスタンスだのなんだのが出るって言っていたな」
 だとしたら、それに襲われたのか……と思ったときだ。
 あのロボットペットが何やら旋回をしているのがわかった。そして、その下には布がはためいている。何か重しがあるのだろう。はためいているわりには飛んでいく様子を見せない。
「……まさか……」
 人か、と思うとディアッカはジープを止める。そして、それに向かって駆け寄っていった。
 とぼっとペットが甘えるように、その布に舞い降りる。同時に、何かを起こそうとしているかのように、何度も鳴き声を立てていた。近づけば、その布の中から艶やかな亜麻色の髪が覗いているのがわかった。
「やっぱ、人か」
 さて、どうするか……と思いながら、ディアッカはその体を抱き起こす。
 音を立てて、その体から布が外れた。
 月の明かりの中に容貌が晒される。
 それは、遺伝子を操作しなければ生まれる可能性が少ないのではないか、と思えるほど整ったものだ。
「……ひょっとして、こいつ、同胞か?」
 ザフトが支配権を得ているこの地域であれば、いてもおかしくないだろう。あるいは、どこからか逃げてきたと言う可能性すらある。
「だとしたら、見捨てるわけにはいかないだろうな。まだ生きているし……」
 それに、この顔は気に入ったし……ととんでもないことを呟きながら、ディアッカはその人物を抱き上げた。
「……こいつ、男だよな……」
 腕にかかる体重の、あまりの軽さにディアッカは眉を寄せる。
「まぁいい。まずは連れて帰って……それから医者に診せればいいか」
 そのうち、意識も戻るだろう。そう付け加えると、ディアッカは足早に車へと戻る。その彼の肩に、あのロボットペットが舞い降りてきた。