「すまなかったね、アスラン王子」
 こう言いながら、ハルマはアスランからキラを受け取る。
「あまりに遅いから、捜索を出すところだったぞ」
 そのまま彼はキラを見つめるとこういう。
「ちゃんと行き先は言っていったじゃないですか!」
 カガリのために必要なものだったんだし……とキラは言い返す。そもそも、この時期、これを探すのは大変なんだ、と言って最後には唇をとがらせた。
「それに、アスランが来るのはわかっていたもん」
 さらにキラはこう付け加える。だから、あえてプラント側に探しに行ったのだ、とも。
「キラ……お前は自分の立場をわかっているのか?」
 そうすれば、ハルマはため息とともにこう言い返してくる。
「わかっているけど、その前にカガリでしょう? 僕程度の力を持った神官はたくさんいらっしゃるよ?」
 でも、女王になれるのはカガリだけだ。どちらを優先しなければいけないのかは自明の理だろう、とキラは反論を返す。
「キラ様……」
「キラ……それにハルマ様も。親子げんかは見ていて微笑ましいと思いますが、ここではまずいのではありませんか?」
 苦笑とともにアスランの声が割り込んでくる。
「先ほどから、カガリの顔があそこに見えますし」
 さらに付け加えられた言葉に、真っ先に反応を返したのはハルマだ。
「本当に、家の子供達は……」
 もう少し立場を考えて欲しい、と彼は呟く。
「だから、お父様はカガリのことを優先してって。僕には女神のご加護もあるし……ね?」
 大丈夫だから、とキラは笑う。
「それでも、お前も私にとっては大切な子供、なんだよ。どのような立場になったとしてもね」
 ぽんっとハルマはキラの頭に手を置く。そしてそのまま軽く撫でてくれた。
「わかっている。でも、その時々によって優先しなきゃないものがあるでしょう?」
 カガリの事が終わったら、思い切り迷惑をかけるから……とキラは微苦笑とともに口にする。
「……そういえば、そうだったな。でも、カガリよりは負担が軽そうだ」
 ハルマもまた笑い返してくれた。その様子に、もう大丈夫かな……とキラはそう判断をする。
「キラ。アスラン王子達をお願いしてかまわないかな? 私は、カガリを押し込めてくるから」
 式が終わるまでは家族以外のものに姿を見せてはいけないと言うことはわかっているだろうに。こう呟きながら彼はきびすを返した。
「カガリも相変わらずのようだな」
 ハルマの姿が見えなくなったところで、アスランがこう言ってくる。
「だって、カガリだもん」
 変わってしまったら、それはカガリではなくなるだろう。何よりも、女神は今のカガリを気に入っておられるのだし……と心のじゃかで付け加えた。
「確かにな。カガリはあれでないと」
 アスランもまたそういって頷いてみせる。
「ともかく、こっち」
 馬は側に置いておきたいでしょう? と付け加えると、キラは歩き出す。
「すまんな」
「プラントではそうするって、以前、パトリック様にお聞きしたから」
 だから、気にしないで……と付け加える。
「その代わりに、少し遠くなるけど」
 それは我慢してね、と最初に断っておく。
「そっちの方が気軽でいいかもな」
「……ミゲル」
 困ったようにアスランが彼の名を呼んだ。しかし、その声の中に親しみがこめられていることにキラはしっかりと気付く。と言うことは、ここにいる者達はみな、カガリにとってのアサギやマユラ、ジュリと言った面々と同じと彼が感じていると言うことではないか。
 そんな相手を見つけられてよかったな、とキラは素直に思う。
「……そういえば、僕、みなさまのお名前知らないんだけど……聞いてもいいのかな?」
 自分も知らないと言うことは、当然、ハルマも、だ。きっと、今頃焦っているのではないか。そうも思う。
「紹介する前に親子げんかが始まったからな」
 見ていて楽しかったからいいが……とアスランはからかうようにこう言ってくる。
「悪かったね」
 ハルマが過保護なだけだ、とキラは言い返す。国内――と言うよりは王都と言っていいだろう――でキラに危害を加えることができる存在などいない。それは彼もわかっているはずなのだ。
 それでも、不安を隠せないのは、きっとカリダのことがあったからだろう。それもわかっている。
「ともかく、こいつはミゲル。その隣の緑色の髪をしているのがニコルで、オレンジの髪の奴がラスティ」
 アスランは次々と自分の周囲にいる者達の名前を口にし始めた。だが、何故か彼は彼等の家名を口にしない。あるいは、それには何か理由があるのかもしれない、とキラはそう判断をする。
「そっちの肌の黒い方がディアッカで銀髪の口うるさいのがイザークだ」
「何だと!」
 さらに付け加えられたアスランの説明に、イザークが即座にこう言い返してきた。
「イザーク……」
 聞き覚えがある名前にキラは小首をかしげてしまう。
「キラ?」
 その仕草を見とがめたのだろうか。アスランが即座に問いかけてきた。
「ひょっとして、ジュール様のご子息?」
 聞いちゃいけなかったら無視してくれていいけど、とキラは付け加える。
「いや。別にかまわない。キラならな」
 問題なのは女官達だから、とアスランは苦笑とともに言い返してきた。それは要するに、そういうことを心配しているのだろう、と判断をする。
「ここなら心配いらないよ。基本的に、アスラン達のお世話をするのは妻帯者だから」
 独身の者達は、みんな、カガリの方で手が放せないし……とキラは笑う。
「……それも儀式のため?」
「そう。カガリの衣装は、機織りから仕上げまで、無垢の女性が行うことになっているから」
 神官は、みな、性別を隠しているしね……と付け加える。だから、王宮にいる未婚の女官達がそちらの作業を行っているのだ、と説明をした。
「でも、コナをかけられるのは我慢してね。一応、分別はあると思うけど」
「……キラ……」
「僕だって王族の端くれだから。そういう話だけはしっているよ」
 知識としてだけど、と付け加えればアスランは納得したらしい。
「でも、キラがどうしてイザークのことを……って、そうか」
「そう。神官だって人間だからね。恋話は好きだもん」
 特に、イザークの両親のように華々しいのは……とキラは笑う。そうすれば、イザークも苦笑を浮かべる。
「それは、耳汚しで」
「じゃないよ。女神があそこまで祝福されるのは珍しいって、神官様がおっしゃっていらっしゃったから、余計にね」
 くすくすと笑いながら話をしているうちにキラはアスラン達が使う離宮の前まで着いていることに気付いた。
「ここ。一応、声をかければ女官は来るけど、基本的にあまりかまっていられないと思う」
 でも、自分は顔を出すから……と付け加えれば、アスランは苦笑を深める。
「わかった。食事ぐらいは付き合ってくれ」
「うん」
 じゃ、また……と言うと、キラはその場を離れた。後は、アスラン達が満足を行くように離宮内の確認をするだろう。それには自分がいない方がいいとそう判断をしたのだ。
 幼なじみとはいえ、面倒だな、とそう思う。
「……ずっと昔のようにいられたらよかったのにね」
 小さな声で呟かれた言葉は、誰の耳にも届かなかった。


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