カリダの死が引き金になったかのように、ここ二年ほどの間に多くの葬列が国を横切っていった。
 その中には、女王であるヴィアのそれもあった。
「……どうして、だろうな……」
 こう言いながら、カガリはそっとキラの体を抱きしめる。
「まるで、誰かに呪われているかのようだ」
 それは比喩ではない。
 先日まで元気だった父ハルマも、急に倒れたのだ。そして、国政を担っているウズミもまた体調が思わしくないらしい。
「……カガリ……」
 そんな彼女の体を、キラはしっかりと抱き返す。
「わかっている。私がしっかりとしなければいけないんだよな」
 そして、こう告げる。
「私が、国を継がなければいけないんだからな」
 そのために、ここにいるのだ、とカガリは自分に言い聞かせるように付け加えた。
 彼女の言葉をキラは黙って聞いてくれる。
 だが、不意に視線を上げた。そして、虚空を見つめるように、そのすみれ色の瞳が焦点を失う。
「キラ?」
 どうかしたのか、とカガリは問いかける。
「……カガリ、怒らないで聞いてね……」
 正気を取り戻したらしいキラがゆっくちを口を開く。
「何だ?」
 キラが言うことを聞いて自分が怒るわけないだろう、とそう思いながらも、カガリはキラに次の言葉を促す。
「井戸、調べてくれる? 何か、嫌なもやがかかっているのが見えたの」
 城内の人を疑いたくないんだけど……とキラは付け加える。
「井戸……水か!」
 それならば、ここしばらく不調を訴えているものが多いことも納得できる、とカガリは唇をかむ。
 しかし、それは禁じ手だろう、とも思うのだ。
 その結果、被害を受けるのは自分たちだけではなく、この城内で働く全てのものだ。もちろん、いくつも井戸がある以上、王族が使っているそれは限られてくる。その中でカガリだけが潔斎のために現在は聖別された井戸から汲まれた水を使っていた。
 逆に言えば、それだからこそ自分だけは無事だったのだ。
 それをどこかのバカがあれこれ言ってくれていることもカガリは知っている。
「……ともかく、ウズミおじさまに連絡、だな」
 キラがそのような啓示を女神から受け取ったと言えば彼にしてもむげに却下はしないだろう。そして、原因がそれであれば、これ以上の被害は防げるはずだ。
「私には、お父様やおじさまのご助言が、まだまだ必要なんだ」
 まだ、一人で国を背負えるような知識も実力もないことを自分が一番よく知っている、だから、とカガリははき出す。
「大丈夫だよ、カガリ」
 キラがやさしい口調で言葉を口にすると同時に、彼女の背中をそっと叩いてくれる。それは、幼い頃にははがしてくれたそれと同じだ。
「大丈夫。女神様の夢は僕に井戸のことは教えてくださったけど、新たな葬列のイメージはなかったから」
 だから、ハルマもウズミも、まだ自分たちの側にいてくれているだろう、とキラは続ける。それがいつまでなのかはわからないが、とも。
「それでも、いい」
 一日でも長く、自分たちの側にいてくれるのなら……とカガリはそう思う。
「……キラは、ずっと私の側にいてくれるな?」
 それでも、これだけは確かめておきたい。その気持ちのまま、カガリは問いかける。
「当たり前だろう、カガリ」
 僕はずっと側にいるよ……とキラは微笑んでくれた。

 それが、叶えられないとは、この時誰も思っていなかった。

 カガリの言葉に、ウズミはすぐに動いた。そして、その結果、井戸に毒物が放り込まれていたことがわかった。
「……キラが気が付いてくれてよかった……」
 おそらくこの場にいるのは身内と言っていい存在だけだからだろう。ウズミは疲れを隠すことなくイスに座ったままこう告げた。
「女神様が教えてくださったからです」
 そんな彼に向かって、キラは真顔でこう言い返す。
「僕自身には、そのような力はありません」
 この言葉にウズミだけではなくカガリも苦笑を浮かべた。
「それでも、お前だからこそ、女神様が慈悲をくだされたのではないか?」
 そして、こう言ってくる。
「そうなのかな?」
「そうであろうな。これ以上二人が悲しまぬよう、女神様がご自分の夢をキラにみせてくだされたのだ」
 しかし、とウズミは言いかけて言葉を飲み込む。
「おじさま?」
「犯人を捜し出さねばならぬのだろうが……厄介かもしれん。そう思っただけだ」
 その言葉の意味がわからないわけではない。
「……城内に誰か?」
「あるいは……貴族達、だろうな」
 オーブという国を他国に売り払いたがっているものがいたとしてもおかしくはないだろう。そして、その相手はオムニなのではないか。カガリはそういう」
「カガリ……」
「うかつなことをいうでない」
 誰に聞かれているかわからない以上、口をつぐむのも国を治めるものの役目だ……とウズミは口にする。
「それに、それに関しては私に任せておきなさい。お前はまず、戴冠式のことを優先するように」
 その後であれば、好きにしてかまわないから……と言う彼にカガリは渋々と頷いて見せた。


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