時はゆっくりと過ぎていく。
 アスランもカガリも、国を治めるものとしての才能をはぐくんでいた。
 そして、キラもまた神官としての力を開花させつつある。いや、女神の夢をかいま見る……と言う点においては、既に神殿の誰にも劣らない。それでも、知識となれば、まだまだ年かさの神官達の足元に及ばないのだ。
 だから、キラは少しでも多くの知識を身につけようと、今日もまた図書室で本のページを繰っていた。
「……あっ……」
 その時である。
 不意にキラの視界が、現実ではない何かを映し出す。それが何であるかは、既にわかっていた。
 だが、問題はその光景だろう。
「まさか……」
 あれは葬送の旗の列だ。
 しかも、高位の存在が亡くなったときのものであったはず。もっとも、それも知識だけでしか知らないものでがあるが。
 だが、今そのような存在があるとすれば、思い当たるのは数名しかいない。
 反射的にキラは立ち上がる。
「キラ様?」
「どうかなされましたか?」
 すぐ側で同じように本を読んでいた者達が不審そうにこう問いかけてきた。
「……王宮に……今の幻視が本当なら、大変なことに……」
 それに、キラはうわごとのようにこう呟く。
「それはっ」
 キラの力がどれだけ強いのかを二人も知っている。だからこそ、キラの言葉に絶句したのだろう。
 だが、すぐに我に返ったようだ。
「まずは、神官方にご相談をされては?」
「そうです、キラ様。キラ様がごらんになられたものと同じ幻視を見られた方がいらっしゃるかもしれません」
 その人達の判断を仰いでからでも遅くはないのではないか。二人は口々にそういう。
 確かにそうかもしれない。
 だが、とキラは思う。
 この胸の中にどんどん大きくなっていくしこりは、一刻も早くと言っているかのように思えてならないのだ。
 それでも、自分はまだ神官見習いでしかない。
 たとえ王家の人間とはいえ、勝手な行動を取るわけにはいかないのだ。
 そのことがもどかしいと思う。しかし、自分が率先して秩序を乱すわけにはいかない、と言うこともわかっていた。
「そうだね。そうする」
 小さく頷くと、キラは即座に行動を開始しする。
「キラ様。本の方は私どもが」
「そうです。キラ様は、早く神官様の所へ」
 キラの焦りを感じているのだろう。他の者達が脇から手を差し出してくれた。
「ありがとう。ごめんね」
 そんな人々に向かってキラはこう言葉をかける。
 そのまま、足早に図書室を出て行く。
 真っ直ぐに大神官の元へとキラは向かおうとした。
「キラ様!」
 だが、それよりも先に神官に声をかけられる。
「何か?」
 焦っているのに、と心の中で呟きながらも、キラはそちらへと視線を向けた。
「王宮から迎えの者が参っております。大至急、お向かいくださいませ」
 しかし、この一言で、キラは自分の表情が強ばったことを自覚する。
「どなたが……」
 こうして神殿にあがったものが呼びされるとすれば肉親が死の床についていると言うことだ。一番可能性があるのは叔母であるヴィアかもしれない。だが、それにしては静かすぎる、とそう思う。
「……キラ様、ご存じで……」
「先ほど、幻視を……葬列の旗を見ましたので……」
 ですから神官様にお話をしに……と付け加えれば、神官は痛ましそうな表情を作った。
「私どもも詳しい話は聞いておらぬのですが……レノア様のお見舞いに行かれたカリダ様がおけがをなさったとかで……」
 しかし、それが母のことだとは思っても見なかった、というのがキラの本音だ。しかもレノアの見舞いに行っていたことも知らなかったし、とそう心の中で呟く。
「……キラ様!」
 ふらりとその場に崩れ落ちそうになった。そんなキラの体を神官が抱き留めてくれる。
「大丈夫です」
 すぐにキラは自分の立場を想いだし、力を奮い起こした。そして、しっかりと自分の足で立ち上がろうとする。
「大神官様達においとまを申し上げないと……」
 最低限の礼儀だけは、と思いながらキラはこう口にした。
「みなさま、門の方へとおいでになっておいでですよ。ですから、お急ぎなさい」
 状況によっては、神官達の中の誰かが赴かなければいけないのだから、ともそうも付け加えられる。それが何を意味しているのか、キラにもわかっていた。
「はい」
 おそらく、カリダは助からないのだろう。
 ならば、せめてその最期だけは看取ってやりたい。そう考えるのは子供として当然のことではないか。
 その思いのまま、キラは歩き出した。

 数日後、カリダの死が国民に告げられた。


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