しかし、願いは叶わなかった。

 初めて実際に目にしたアズラエルは、まさしく《狂信者》というのがふさわしい目つきをしていた。しかも、あの男が信じているのはあくまでも自分だけだろう。
「……他のものは、道具か」
 だからこそ、あんな非道な術も使えたのではないか。そして、それだから彼の側には彼を積極的に守ろうとするものはいないのだ。
「あんな王にだけはなってはいけないんだ」
 その光景に、アスランはこう呟く。
「そうだな」
 それに、カガリも頷いてみせた。
 だが、それでもアズラエルを守ろうとしている者達がいる。彼等に関してはよい主だったのだろうか。
 だからといって、アズラエルを見逃すわけにはいかない。
 あの男が世界を混乱に陥れたのは事実だ。それも、自分自身の欲望だけに従って、である。
 そんな存在を見逃せば、きっとまた同じ事を引き起こすに決まっている、とアスランは思う。
「キラの見た夢を現実にしないためにも……俺たちは、あいつを倒さなければいけないんだ」
 それはすなわち、彼の命を奪うと言うことである。その事実に関しては、ためらいがないわけではない。しかし、騎士であり王になるべきあろう自分は、それを押し殺して行動することも必要なのだ、とわかっていた。
「アスラン」
 そんな彼の耳にカガリの声が届く。
「あぁ……わかっている」
 片を付けに行こう、とアスランは微笑み返す。そして、自分の剣を抜きはなつと、高々と掲げた。
「行くぞ!」
 そして、声高にこう宣言をする。
 彼の言葉に、周囲の者達もまた、剣を抜いて答えた。

「ダメ!」
 キラが不意にこう叫ぶ。
「どうしましたか、キラ」
 キラとともに本陣で待機をしていたラクスがこう問いかける。
「ダメ、ダメなんだ……そいつを殺しちゃ、いけない……」
 しかし、ラクスの声もキラの耳には届いていないのか。まるでうわごとのようにこう呟いているだけだ。
「キラ?」
 しかし、キラのそんな様子は以前にも一度目にしたことがある。それも、つい数日前だ。
 また女神の意識がキラに乗り移っているのだろうか。
「キラ、何があったのですか!」
 だからといって、何もしないわけにはいかない。そう思って、ラクスはそうっと彼女の側に歩み寄る。そして支えようと手を伸ばした。
 しかし、それよりも早くキラが行動を開始してしまう。
「キラ!」
 ふらふらと外へと移動していくキラを慌てて追いかける。その動きが素速いわけではないのに、何故か止めることができないのだ。
「キラ様? どうなされたのですか?」
 ラクスの声で何か異変があったのだと判断したのだろうか。男装をしたままのマリューが姿を現した。
「キラ様!」
 そんな彼女も、今のキラの様子に異常を感じたらしい。一瞬動きを止めてしまう。
「キラ様、どちらに行かれるのです。カガリ様から、ここから出るな、と命じられておるのではありませんか?」
 それでもすぐに我に返ったらしい。こう言うと、キラの進行方向を遮るかのように立ちふさがる。
「カガリ達を止めないと……世界が終わる……」
 そうすれば、キラは魘されたようにこう告げた。
「キラ?」
 どういう事なのですか、とようやく追いついたラクスが問いかける。世界が終わる、と言うことはキラが以前女神から与えられた啓示の世界なのだろう。しかし、それではアズラエルだけが生き残っていたのではないか。そうも問いかける。
「違う……アズラエルが生きていたんじゃない……あの男の、呪いが完成して、世界が自分とともに世界を滅ぼすことができる。その喜びにあの男の妄執が震えているだけ……」
 アズラエル本人は、アスランとともに大地に倒れている。そして、そこから破滅が広がっているのだ、とキラは続けた。
「だから、今すぐ止めないと……間に合わなくなる!」
 この時点で、ラクスは自分たちの勘違いにようやく気付いてしまった。
「……何と言うこと……」
 アズラエルさえ倒せば全ては終わる。そう思っていたのに、実は逆だったとは。
 しかし、カガリ達は既に最後の決戦へと望んでいるはず。
 そうなった彼等をどうやって止めればいいのか。
 いや、止めることなどできるはずがない。
「もう、遅いのでしょうか……」
 同じ事を考えたのだろうか。マリューがこう問いかけてくる。
「……だから、僕が行くの……僕なら、世界を破滅から救えるから……」
 それ以外に、もう世界を救う方法はないのだ……とキラは言い切る。
 そういわれてしまえば、ラクスにはもう止めることができない。同時に、賢者と呼ばれる身でありながらも、このような失敗をしてしまったことが口惜しいとも思う。
「わかりました。私もともに参ります」
 ラクスもまた、こう言い切る。
 そうすれば、少しは力になれるだろう。
 いや、それだけしかできないのだ。
 ラクスはそれしかできない自分が悔しい、とそう思ってしまった。


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