力を失って崩れ落ちた体を、カガリはしっかりと抱きしめる。
「キラ! しっかりしろ、キラ!」
 そんなキラの名をカガリは必死になって呼んだ。
「落ち着いてくださいませ、カガリ様」
 柔らかな声がカガリの耳に届く。そしてやさしい手がそっと肩に置かれた。
「キラは、女神のお声を聞いたのではありませんか? ならば……今はそっとしておいて差し上げた方がよろしいのではないでしょうか」
 ラクスの言葉に、カガリははじかれたように蒼をあげる。だが、すぐに視線を戻した。
「……そうだな……」
 キラは気付いていないかもしれない。
 だが、カガリ達はしっかりと聞いていたのだ。
 キラが見ていたであろう光景を、である。それが唇からこぼれだした瞬間、カガリだけではなくアスラン達も呼吸をすることすら忘れてしまっていた。ただ一人、ラクスだけが静かにそれを聞いていた。
「キラを、休ませてやらないと」
 そういいながら、カガリは視線を自分の騎士達へと向ける。
「俺が連れて行きますよ。あちらではマリューに任せておけばいいでしょう」
 キラ様の面倒を見るのは馴れていますからね。そういいながら、フラガが歩み寄ってくる。
「頼む」
 確かに、彼に任せるのが現状では一番だろう。そう判断をして、カガリは頷いた。
「では、失礼をして」
 言葉とともに、フラガは慎重にキラの体を抱き取る。そのまま彼は静かにその場を後にした。
 二人の姿が扉の向こうに消えたところで、誰からともなくため息がこぼれ落ちる。それと同時に、重い空気が室内を支配をした。
「神官は女神の夢をみなに伝える存在だ……とは知っていたが、あそこまで凄いものだとは、な」
 イザークが背中を壁に預けながらこう呟く。
「言葉だけではなく、見ているものそれすらも伝えられるのか?」
 そんな彼にミゲルがこう問いかけている。
「いや……少なくとも、父上の話からはそのようなことを聞いたことはない。キラ様が特別なんだろうが……」
 それにイザークがこう答えたときだ。
「お前ら、何の話をしているんだ?」
 訳がわからない、と言うようにアスランが問いかけている。その言葉にはカガリも同意だ。
「何って、王子。先ほどのことですが……キラ様が見ていたと同じではないかと思う光景を、俺も見ただけです」
「俺も、ですが……まさか、とは思いますが……」
 二人はその時点で、ある可能性に気が付いたらしい。
「そのまさかだ。私たちは何も見ていない」
 キラと双子なのにな、とカガリは苦笑とともに付け加える。
「それはしかたがありません。双子でも必ず資質が同じとは言えませんし……血のつながりがなくても資質があれば、同じものを見ることができますわ」
 彼等はたまたま、キラの持っている資質と近いものを持っているのだろう……とラクスが説明をする。
「でも、それは好都合だと言ってよろしいのではありませんか? キラに確認しないですみます」
 言葉だけでも、キラはとても辛い光景を見ていたと伝わってきた。だから、それを根掘り葉掘り聞くわけにはいかないだろう、と彼女は続けた。
「そうだな」
 確かに、キラにそれを問いかけるわけにはいかない。アスランもそう頷く。
「でもさ。ミゲルとイザークが見たものが、キラ様の見たものと同じだって言い切れるのか?」
 ディアッカがもっともな疑問を口にする。
「それですが……別々の場所で二人が何を見たのかを聞いて、それがどれだけ一致をするのか確認すればよいのではないかと」
 今のところ、彼等が打ち合わせをしている様子はないことは明白だ。だからこそ、信頼できるのではないか。ニコルはこういう。
「それが一番早そうだな。キラが起きてくる前に全てを終わらせてしまわなければいけないんだから」
 アスランがこう結論を出す。
「じゃ、さっさとやってしまうか」
 自分を奮い立たせるようにカガリはこう告げる。それを合図に、みなが動き出した。

 結果として、彼等の言葉が正しかったことが証明された。
 同時に、さらに重苦しいものが、彼等の上にのしかかる。
「おそらく……この金髪の男、というのはアズラエルなんだろうな」
 オムニの王の……とアスランははき出すように口にする。
「と言うことは、まだ何かをしようとしていると言うことなのか?」
 それに気付いて、女神がキラに警告を送ってくれたのだろうか、とカガリは口にする。
「きっと、そうなのでしょう。キラが見たあの光景が現実になるというのであれば、少なくとも世界は大きな被害を受けることになります。それを女神が許容されるはずはありませんわ」
 だからこそ、キラにあのような光景を見せ、なおかつそれを口に出すようにさせたのではないか。
「あるいは……女神のご意志がキラ様に降臨されていたのかもしれないな」
 カガリは呟くようにこう告げる。しかし、それは決して喜ばしいことではないのだ、と知っているのは、間違いなくラクスだけだろう。他の者達にはヴィアのことを教えたことがないのだ。
 同時に、かつて自分にあのようなことを口にした相手を忌々しく思う。
 何も知らなければ、あるいは自分も安心していられたのではないだろうか。だが、逆に言えば知らなければキラを失っていたかもしれないと言うことでもある。
「ともかく……できるなら、アズラエルが何をしようとしているのか、調べ上げたいな。そうすれば、対処のしようもあるだろう」
 違うのか、というアスランの言葉に、誰もが静かに頷いてみせた。
「おそらく、また禁呪を使うつもりなのでしょう。私も、それに関して調べてみますわ」
 キラが見た光景が現実になるというのであれば、それしかないだろう。ラクスも頷いてみせる。
「……ともかく、最後まで気を緩めるなって事か」
 カガリはこう呟く。
「キラも世界も守るためには、それが必要なんだろうな」
 そのためにも何が起きようとしているのかを知らなければいけない。その言葉に、誰もが頷いてみせた。


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