カガリとキラ。それにアスランとラクスがそろって戦場へと姿を見せたからだろうか。オーブとプラントの兵達の士気は予想以上に高まっている。
 それに反して、術を封じられたオムニは、まるで櫛の歯が抜けるように兵士達が逃げ出していた。その中には、かなりアズラエルに近い立場にいた騎士までも含まれているらしい。
 こうなれば、どちらが優位に立っているかは明白だろう。
「……これなら、作付けの時期までには片が付けられるか……」
 そうでなくても、大きな混乱は引き起こさずにすむだろうか、とカガリが呟いている。
「カガリ……だからといって、ここで気を抜くな」
 そんな彼女をアスランが諫めた。本の一瞬で形勢が逆転をすることもあるのだ、と。
「そうですわ、カガリ様。現状では有利でも、その気のゆるみが油断につながります。その結果、貴方様やアスラン、それに陛下達に何かあれば軍が崩れます。ですから、ここでさらに気を引き締めなければいけません」
 ラクスもまた、そういってカガリを注意している。アスランとは違って丁寧な説明に、カガリも取りあえず納得したようだ。
 これで大丈夫なのではないか。
 そう思いたいのに、どうしてこんなに不安なのだろうか。
 キラはそんなことを考えながら、そっと自分の胸に手を当てる。
「どうかしたのか、キラ様」
 そんなキラの仕草が目にとまったのだろう。ミゲルがこう問いかけてくる。
「気分が悪いのだったら、先に部屋に戻ってもかまわないと思うが」
 さらにこう囁いてくる彼の声に、カガリ達の表情が変わった。
「キラ?」
「どうかしたのか?」
 慌てたように駆け寄ってくる。
「……多分、何でもない」
 そんな彼等にこれ以上心配させないように、キラは何とか微笑みを作った。しかし、それでごまかされてくれるようなものはいない。
「何でもないかどうかは私たちが判断をする。だから、どうしたのか言ってみろ」
 でないと、お前は自分が辛いことでも自分一人で抱えてしまうからな……とカガリは口にする。
「そうだぞ、キラ」
 何のために自分たちが側にいるのか……とアスランもまた、カガリに同意をするように頷いた。
「貴方が感じておられることは女神がお感じになっていらっしゃることかもしれませんわ。ですから、些細だと思うことでも遠慮なくおっしゃってくださいませ」
 さらに、とどめを刺すようにラクスにこう言われては、キラに逃げ道なんてあるはずがない。
「キラ様。さっさと白状した方が身のためだと思いますよ」
 どこかからかうような口調でラスティがこう言ってきた。
「確かに。正直に話すまで許してもらえないと思うぞ」
 さらに、イザークまでもが彼等に同意をしてしまう。こうなると、キラに味方はいないに等しい。
「本当に、気のせいだと思うんだよ」
 それでも、キラはこういう。
「だから、それを判断するのは私たちだと言っているだろう?」
 早く白状してしまえ! とカガリは詰め寄ってくる。その瞳には真剣な光りをたたえていた。こうなると、ただでさえ頑固な彼女がそう簡単に諦めてくれるはずがない。
「本当に、何でもないんだ。僕が、戦場の空気に飲まれているだけだと思う」
 その証拠に、自分以外のものは何も言わないだろう……とキラは付け加える。
「……キラ……ここに神官はお前だけだ」
 小さなため息とともにアスランはこう口にした。
「そのお前と俺たちとでは感じるものが違うのは当然だろう」
 騎士は人々を守るために戦うのが役目だ。だからこそ、わざと感覚を鈍くする訓練をしている。でなければ、奪った命に押しつぶされる可能性もあるのだ。
 だが、神官は違う。
 それだからこそ、自分たちとは違う《何か》が感じ取れてもおかしくはないだろう……と彼はさらに付け加えた。
「……アスラン……」
 この言葉をどこまで信用していいのだろうか。自分を安心させようとしているだけではないのか、とキラは思う。
「そうですわ、キラ。ですから、教えてくださいませ」
 しかし、さらにラクスまでもがこう言ってくる。
「教えて頂ければ、対処も考えられますから、キラ様」
 そっとニコルが囁いてきた。
「不安なら、おっさんと一緒に酒に付き合ってやるしさ」
「……ディアッカ」
「おっさんじゃないと、何度言えばわかるんだ!」
 何か、話がずれてきてはいないだろうか。それとも、それほど気になるものなのか……とフラガの言葉にキラは悩んでしまう。
「キラ。約束しただろう? ここでは私の言うことを聞くと」
 だが、それもカガリの言葉を聞くまでだ。
「……した……」
 その記憶はしっかりとある。だから、素直に頷いてみせる。
「なら、素直に話せ」
 こう言われてしまえば、話さないわけにはいかない。でも、本当に些細なことなのに、とキラは思う。
「何か、ものすごくいやな感じがするだけ。なんて言うか……何か悪意が押し寄せてくるような……と言えばいいのかな」
 それの原因がわからない……と付け加えようとした。その時だ。
「……あっ……」
 不意に目の前の光景が歪む。その代わりに現れたのは、全く別の光景だといっていい。
 目の前にいるのは歪んだ笑いを漏らす男。
 その前にカガリ達が倒れている。
 それだけではない。
 彼女たちが倒れている場所から何ががじわじわと広がっていく。それが草木を枯らしていくのだ。
「……何……何で……」
 どうしてそんなことになってしまったのだろう。そもそも、どうしてこんな光景を見なければいけないのか。
「キラ!」
 そんなキラを現実に戻してくれたのはカガリの声だった。
「……カガリ……」
 小さな声でキラは自分の片割れの名を口にする。
「世界が、死ぬの?」
 それでも、この呟きを漏らすだけが精一杯だった。そのまま、キラの意識はゆっくりと闇の中に吸い込まれていく。
「キラ!」
 呼びかける声にも反応を返すことができなかった。


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