「……お父様が?」
 その報告に、カガリは絶句する。
「どうして、お父様が……」
 キラもまた信じられないというようにこう呟いた。
「パトリック様をかばわれたのです……」
 それに、報告に来たアマギがこう告げる。その言葉に、アスランまでもが唇を噛んだ。
「そう、か」
 カガリは何とかその言葉だけを絞り出す。
「パトリック様は、ご無事なんだね?」
 その代わりというように、キラが彼にこう問いかけた。本当は自分がしなければいけないことなのに、とカガリはそう思う。キラの手が小さく震えていることに気付いてしまった以上、なおさらだ。
「肩にお怪我をされましたが、命には支障がないと……現在、軍の指揮はウズミ様が執られておいでです」
 それならば、当面は心配いいらないだろう。
 だが、とカガリは心の中で呟く。
 逆に言えば、ウズミに何かあれば即座に崩れると言うことではないだろうか。それは敗戦につながる、とカガリは思う。
「わかった。取りあえず、今日は休め」
 その間に、自分たちは対策を考える……と何とか微笑みを浮かべてこう付け加えた。もっとも、それが成功しているかどうかはわからない。それでも、そうしなければいけなかったのだ、自分は。
「そうさせて頂きます」
 アマギはそういうと礼を取る。それからゆっくりとカガリ達の前を後にした。その背中が疲れ切っているような気がするのは、カガリの錯覚ではないだろう。
「カガリ……」
 そんな彼女の耳に、キラの声が届く。
「大丈夫だ、キラ」
 いや、自分が言いたいことはそんなことではない。この可愛い半身を何とかしてなだめてやらなければいけないのに、どうして自分の感情が先に立ってしまうのだろうか。
「私がいるだろう」
 それでも、キラの体をそうっと抱きしめてやることだけはできた。
「お前の側には私がいる。だから、心配するな」
 そして、自分の代わりにハルマの死を悲しんでくれ……とそうも付け加える。
「……カガリ……」
「私には、先にしなければならないことがあるんだ……」
 女王という立場がこれほど煩わしいものだ、と今初めて自覚をしたような気がする、とカガリは心の中で呟く。父の死を悲しむ前にしなければならないことをすませてしまわなければいけないのだ。
 でも、自分にはキラがいてくれる。
 キラは今、自分の分もハルマの死を悲しんでくれている。だから、自分はまだ我慢できるだろう。
「すぐに戻ってくる。それまでは……お前が私の分も父上のことを思っていてくれ」
 これからのことを決めたら、その後は自分も父の死を悲しんでも許されるだろうから。そう囁けば、キラは小さく頷いてみせた。
「すまない、キラ」
 小さな声でこう付け加える。
「……わかっているよ、カガリ……」
 だから、自分がやるべき事をやって? とキラは囁いてきた。
「あぁ……」
 そのつもりだ……とカガリは頷く。それに、キラがいてくれるから、自分はまだ頑張れる。こうも口にする。
「カガリ」
 キラがそっとカガリの背中を叩いてくれた。それを合図にカガリはキラの体をそうっと離す。
「行ってくる」
 こう言えば、キラは小さく頷いてみせる。
「ハーブティを用意しておいてあげるから」
 だから、頑張ってきてね……とキラは微笑みを向けてくれた。それがかなり無理をしているものだ、と言うこともわかっている。それでも、自分に心配をかけないようにと頑張っているのだろう。
「あぁ。楽しみにしている」
 こう言い返すと、カガリは顔を上げた。そのまま前をにらみつけると歩き出す。
 当然のような表情でアスランとラクスが同行してきた。
「……ラクス……できれば、キラの側に」
 いてくれないか? とカガリは口にする。
「大丈夫ですわ。キラにはフラガ夫人達が付いておりますし……このような状況であれば、私の知識が必要になるかもしれません」
 あるいは、何か好ましくない力を使っているのではないだろうか。そんな気もするのだ、と彼女は付け加えた。
「ラクス?」
 それはどういう事なのか、とアスランが言外に問いかけている。
「以前、キラに聞かれましたの。人の心を縛るような術を使う者達がいないか、と。それで、気になって調べていたのですが……」
 はっきりとは言えないのだが、オムニの王はそのような術を使いこなせるものかもしれない。ラクスはこう言う。
「……考えてみれば、オムニの王が何者なのかを私は知らないな」
 どのような経緯でオムニの王の座を得たのかも、とカガリは呟く。ひょっとしたら、それを知らなければいけなかったのではないか。そうも思うのだ。
「確かに。だが、ウズミ様であれば調べさせていたかもしれない」
 でなければ、パトリックか……とアスランも口にする。
「ミゲルかラスティであれば、知っているかもしれないな」
 アスランの騎士達の中でも年長の二人であれば、他の者達からの話も聞いている可能性がある。だから小耳に挟んでいる可能性もあるのではないか。そういうのだ。
「確かに、そうかもしれないな」
 そうでなかったとしても、早急に連絡を取り合ってわかっていることだけでも耳にいればければいけないだろう。
 そして父のことは……とカガリは心の中で呟く。盛大な争議を出せる状況ではない。だから、せめて早めにこちらに連れ帰って、カリダの隣に埋葬をしてやらなければ行けないのではないか。それに関してはキラに任せればきちんとしてくれるだろう、とそう思う。
「今は、泣いてなんていられない」
 きっぱりとこう言い切った彼女の背中に、アスランがそうっと手を添えてくれた。


INDEXNEXT