オムニとの戦は次第に激しさを増していく。
 現在の国力から言えばオムニの方が上かもしれない。それでも、オーブとプラントの味方は次第に増えていった。それは、間違いなく女神を信じる気持ちがあるからだ、とキラは思う。
 そんな彼等のために何ができるのか。
 その答えは今でも見つかっていない。
 だが、ラクスとの約束がある以上、いつまでもくよくよとしていられないことも事実だ。
 今の自分にできることで、人々の役に立つこと。そう考えてキラは負傷者達の手当てを手伝うことにした。戦場ではなく負傷兵が集められている場所であれば、人手はあっても足りないことはないだろう。
 そう判断したというのも事実である。
 だが、それが他の人間の手を煩わせてしまうとなれば、話は別だ。
「キラ様」
「マリューさん……今日もすみません」
 キラが心配だが、正規の騎士を回せる余裕は今のオーブにはない。そうなれば、キラの護衛に付ける人物は一人しかいなかった。
 と言うことで、またマリューがキラの護衛に付いてくれている。しかし、本当はフラガとともにカガリの側に付いていたかったのではないか、とそう思うのだ。
「何をおっしゃっていますの。当然のことですわ」
 マリューはこう言って笑う。
「キラ様に何かあれば、戦では勝てたとしてもオーブが負けたことと同義ですもの。それに、私自身が、キラ様を守りたいのですわ」
 負傷者達もキラが来るのを待ち望んでいるようだし……と彼女はさらに付け加えた。
「僕は、何もできないのに……」
 せいぜい、医師に指示された薬草で薬を煎じたり、痛み止めの軟膏を作ってそれを塗り包帯を替えてやるぐらいしかできない。
「それで十分なのですよ、キラ様。彼等にとって必要なのは、彼等の戦いを正統に受け止めてくれる存在。キラ様は、誰にでも優しく声をかけておいででしょう?」
 それが彼等には何よりの薬なのだ、とマリューは笑みを深める。
「そんなに卑下をなさることはありません。ご自分ができることを精一杯なさればいいのですよ」
 できないことをするよりもできることを確実に行う方がいいのだ、と彼女はさらに言葉を重ねてくれる。
「……マリューさん」
「と言うことで参りましょう。私がキラ様を独占していたなんて知られたら、みなに恨まれます」
 どこか冗談めかした言葉にどう反応をすればいいのだろうか。キラはすぐにはわからない。それでも、この場にいても何もならないことは事実だ。
「そうですね」
 みんなが待っていてくれるとあれば、なおさらだろう。そう思って、キラは微笑む。
「あぁ、少しだけ待ってください。カミツレがそろそろいい状態だから、持っていきます」
 少しだけでも、香りがみなの心をいやしてくれるだろう。それに、お茶にすれば少しは効果もあるハーブだしとキラは付け加える。
「それでしたら、お手伝いしますわ」
 ラミアスはこう言って微笑む。
 他にも敷布や肌着などを消毒するときに少し使えば、香りが移る。それもまた、人々の心を安らげてくれるだろう。
 二人ならば、かなりのろうが運べる。
 そう判断をして、キラは頷いてみせた。

 窓からキラが出かけていく姿が見える。
「本当なら、外出などさせたくないのだがな」
 その姿を見ながら、カガリは小さな声で呟いた。
「カガリ……」
「そのようなことをおっしゃってはいけませんわ、カガリ様」
 アスランとラクスが少しあきれたような声音を滲ませながらこう言ってくる。
「キラはキラで自分ができることを精一杯しているだけだろう? それに、負傷者達には、キラの存在が救いになっていることは事実だ」
 そして、再び戦場に戻ったものは、今まで以上の働きを見せているらしい。それが、キラの看病のおかげだ、とまで言っているものがいるほどなのだ……と言うことはカガリも聞いている。
「だけどな……」
 それでも、どこにオムニの手の者がいるのかがわからない。だから不安なのだ、とカガリは付け加えた。
「マリュー様がご一緒でしょう?」
 カガリの言葉に、ラクスがこう問いかけてくる。
「そうなんだが……」
 自分でも過保護だとはわかっていても、どうしても不安がぬぐえない。オムニ軍の異様な状況を耳にしているからこそ、なおさらなのか。
「それに、一応、俺の方も手は打ってある」
 苦笑とともにアスランがさりげなく付け加えた。何のことかと思ってさらにソトの様子を見ていれば、さりげなくミゲルとニコルがキラ達に合流をしているのが見えた。
「……昨日は俺とディアッカだったよな」
「その前はニコルとイザークだったし……キラ様もそろそろ気付いているんじゃねぇ?」
「少なくとも、フラガ夫人は気付いているぞ」
 苦笑混じりの三人の声がカガリの耳に届く。
「あらあら……結局、アスランもキラのことに関しては過保護ですわよね」
 さらにラクスがとどめを刺すようにこう言って笑った。
「……今、キラを連れて行かれるのは困るからな」
 いろいろな意味で、と彼はしっかりと言い切る。
「だからといって、キラの外出を止めるわけにも行かない。それこそ、兵の士気に関わる。ならば、万全の環境を整えてやるだけだ」
 もっとも、それもいつまで続くかはわからない。アスランのこの言葉の意味がカガリにも理解できている。
「そうだな」
 現状は、自分たちの方が優位だ。だが、それがいつまでも続くとは思えない。
 自分たちがいつまでこうしてキラの側にいてやれるのかもわからないのだ。
「それでも、少しでも長く、キラの側にいてやりたいな」
 カガリの言葉に、誰もが頷いてみせた。

 しかし、その願いは叶わなかった。


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