戦うことはできない自分に、いったい何ができるだろう。 あの日からずっと、キラはそれを考え続けている。自分にできることはほとんどないとはわかっていても、何もせずにただ見ているだけなんてできないのだ。 「僕には……何もできないのかな……」 他人を傷つけることなど、自分にはできない。 医師としての知識は学んでいるが、それは十分なものではない。何より、彼等の元にはもっと熟練した医師が同行しているはずだ。そのようなところに自分が足を運んでも邪魔になるだけだろう。 だからといって、カガリが言うように、勝利を女神に祈っているだけではいけないような気がする。 しかし、どうしていいのかわからないのだ。 こんなことになるとわかっていれば、もっといろいろなことを学んでいたのに、とそうも考える。 「……僕は……」 人々のためにできることを増やそうと思っていたのに、結局は何もできない。ただ、周囲の者達に守られていただけではないだろうか。 そう考えれば、無力さを改めて認識させられる。そして、それが悔しいと思うのだ。 「今、何かをしなければならないのに……」 何もできないなんて……とキラは唇を噛む。その時だ。 「あらあら。キラ、いけませんわ」 それでは唇の形が悪くなってしまう、と柔らかな声が耳に届く。 「ラクス?」 何故彼女がここにいるのだろうか。それとも、これは自分の幻聴か。そう思いながらキラは声がした方に視線を向ける。 「お久しぶりですわね、キラ」 だが、間違いなくそこにいたのはラクスだ。 「でも、そんな悲しそうなお顔で出迎えられてもあまり嬉しくありませんわね」 キラはやはり微笑んでいてくれるのがいい、と彼女は静かな微笑みとともに告げる。 しかし、キラの方はそういうわけにはいかない。 「ラクス……どうして?」 ここにいるのか、とキラは何とか言葉を絞り出す。 「レノア様にお願いされましたの。プラントにはたくさんの経験豊かな方がおいでです。ですから、私にはキラとカガリ様の側にいて欲しい、と」 特にカガリには女同士の方が安心して話をできることもあるだろう、とさらにラクスは微笑む。 「それと、キラが落ちこんでいるはずだからはげまして上げて欲しいともお願いされましたわ」 本当は自分が側にいて上げたいのだが、とレノアは口にしていた、とも。 「……僕のせいなのに……」 どうして、みんな、そんなにやさしいのだろうか……とキラは呟く。 「それは、皆がキラのことを好きだから、ですわ」 それと同じくらい、オムニの非道さに怒りを感じていたからだろう、と彼女は付け加える。 「キラは、あの国がどのようなことをなさっているのか、ご存じないのでしょう?」 もっとも、キラには知らせたくないとカガリ達が判断したのも当然の内容だ、とラクスは口にした。だから、彼女たちを怒ることも、自分が阻害されていると考えるのもやめるように、と彼女は付け加える。 「……ラクス……」 「私としても、できれば貴方にこの内容を教えたくはありません。でも、教えなければ、貴方は納得して頂けないのでしょう?」 ただ、決して聞いて嬉しい内容ではない。それどころか神官であるキラにしてみれば嫌悪を通り越して悲しみすら感じさせる内容だ、とラクスは言い切った。 「……それでも、知らなきゃいけないと思うんだ……」 綺麗な所だけを見ていてはいけない。キラの内でそう囁く声がある。それが女神の声なのではないか、とキラは思う。 「わかりました」 ただ、一つだけお願いがあります……とラクスはキラを見つめてくる。 「何?」 そんな彼女にキラはこう聞き返す。 「簡単なことですわ。この話を聞き終わっても、微笑んでいてくださいませ」 キラの微笑みを救いにしている者達も多い。だから、とラクスは付け加える。 「……わかった」 それが自分に求められている役目ならば、頑張るしかない。キラはそう心の中で呟くと、頷いた。 「キラがそのおつもりならば、ごまかすことはしませんわ」 ラクスは少しだけ悲しげな表情でこう口にする。その表情のまま、彼女はゆっくりと口を開いた。 「オムニは神殿を認めていません。そして、女神に使えている神官達もです。彼等はみな、人々を騙し、その手から糧を巻き上げている犯罪者なのだ、とそう主張しているそうですわ」 確かめなくても、確かにオムニに攻め滅ぼされた国々にも神殿はあったのだ。そして、そこにも神官達がいたに決まっている。キラとともに修行をしたものが派遣されていたとしてはおかしくはないだろう。 神官は性別を隠すと言っても、日常生活でそれを完全に行うことは不可能だと言っていい。 それでも、相手の性別を声高に言うことはない。気付いたとしても見て見ぬふりをするのが不文律だ。 だから、彼等の中にキラの性別を知っていたものがいたとしてもおかしくはない。いや、いても当然だと思う。キラも、彼等の中に性別を知っているものがいるのだから。 オムニは、征服をした国の神官達の衣服を衆人の前ではぎ取ったのだとか。そして、男達は奴隷に、女性だったものは兵士達の慰み者として下げ渡されてしまったらしい。神官である以上、死ぬこともできない彼女たちはどうしているのか、と考えれば胸が張り裂けそうだ。 そして、その中の誰かからキラの性別を聞き出したのだろう。 ラクスはそう告げる。 「……何と言うことを……」 「ですから、プラントもオーブも、オムニの言葉を退けたのですわ」 そして、女神の存在を守るために戦っているのだ、と彼女は続けた。 「キラは、女神の愛し子と呼ばれている存在。ならば、彼等のために微笑んでいなければいけません」 キラが微笑んでいる間は、誰もが安心できるから、という言葉はわかる。 「……僕にできるのは、それだけなのかな」 他にできることはないのだろうか。 「それを探したいのであれば、お手伝いをします。ですから、今は微笑んでいてくださいませ」 どなたかがいらっしゃいましたわ、という言葉に、キラは耳をすます。そうすれば、確かに誰かの足音が近づいてくるのがわかった。 「ラクス……」 「約束しましたでしょう?」 その言葉に、キラは小さく頷く。そして、いつものように微笑もうとした。 それが成功できていたかどうかはキラにはわからなかったが。 |