オムニからの使者がオーブを訪れたのは、それからしばらくしてのことだった。
 もう、その国力はプラントやオーブと対等と言っていいだろう。だからといって、その存在を認められるかというと、話は別だ……とカガリは思う。
「女王陛下にはご機嫌よろしゅう」
 誰が機嫌がいいものか、とカガリは心の中ではき出す。しかし、それを表情に出すことはない。そのかわりに、彼女の表情は完全に無表情だった。それが、カガリをまるで別の存在のように見せていると、本人は気付いているだろうか。
「……いったい、このたびは何のご用があってのおいでか」
 嫌悪感を出すな、と事前にウズミ達にさんざん言われていたせいだろうか。その口調からも完全に感情が消え失せている。
 それはそれで問題らしい、と彼等は考えているようだ。だが、カガリにしてみれば、これが精一杯の態度なのだ。
「我が国は、オーブとの関係を、さらに深めさせて頂きたいと考えております」
 いつぞやと同じ口上だな、とカガリはますます機嫌を悪化させる。
「それ故、是非とも我が王とキラ姫の婚姻を」
 それはこの一言で最低限まで転げ落ちた。
「今、何と言われた?」
 低い声でカガリはこう聞き返す。
「ですから、我が国の王と、陛下の妹姫との婚姻を……」
 この瞬間、彼女の脳裏からは完全に女王としての立場が消え去っていた。
「キラは神官だぞ! 何故、今更人の妻とならなければならん!」
 それ以前に、どうやってキラを《姫》と決めつけたのか! とカガリは怒鳴る。しかし、これに関しては誰も彼女を止めようとはしない。
「その通りですぞ、使者殿。よりにもよって、神官方の性別を暴こうとは……我が国に置いては、女王に危害を加えること以上の重罪ですぞ!」
 ウズミですら怒りを隠せないというようにこう言ってくる。
「ですが、過去に還俗され婚姻を結ばれた神官の方々もいらっしゃるではありませんか!」
 そこまで調べ上げた根性は認めてやろうか、とそう思う。もっとも、ジュール公爵家の話は有名だから、知っているものは知っているのだろうが。
 しかし、キラの性別に関しては違う。
 あの子は生まれてすぐに、あの瞳の色のせいで神官になることが定められている。
 だから、キラの性別を知っているものがいるとすれば、家族か本当に自分たちの身の回りの世話をしてくれていたものだけのはずだ。
 それなのに、一体どこからばれたのか。
「それは、本人が強く望んだからこそ、女神がお認めになられたのだ。決して、政略のための婚姻ではない!」
 そして、自分もそれを認めるつもりはない……とカガリは付け加える。
「あの子は神官である自分を誇りに思っている。そして、そんなあの子を民も信頼している。そのような存在を政治の道具にするつもりは私にはない」
 そしてオーブという国も、だ。
 オーブは今でも、女神の声をみなに届けることができる神官を守るために存在している。その中でも優秀な存在であるキラを本人の意志に反して他国に渡せるはずがないであろう。
「その結果、オーブがどのような状況になっても、でしょうか」
 どうやら、それがオムニの本音なのか。
「キラは神官に任命された時点で、オーブ王族としての全ての権利を返上している。それは還俗しても同じだ」
 わざとあきれたような口調を作って、カガリはこう言い返す。
「私に万が一のことがあっても、あの子が王位に就くことはない。既に、その時のために継承権は定められている」
 直系といえるものは確かに自分とキラしかいないが、傍系であればまだ数名の女子がいる。そちらに王位が移動するのだ、とカガリは笑う。
「その者達はみな、既に子がいるがな」
 だから、彼女たちを取り込もうとしても無駄だ……とカガリは付け加える。
「お国に戻られて、もう一度考えてみるのだな。我が国は、神官を政治の道具にはせぬ!」
 それがオーブの誇りでもある、と言い切った瞬間だ。まるで同意をするかのようにその場にいた者達が頷いてみせる。
「……後悔めさるな……」
 オムニからの使者は歯の隙間からこれだけを絞り出す。
 どうやら、彼は自分たちの提案に対し、オーブがここまで拒絶反応を見せるとは思わなかったらしい。
「確かに急なこと故、陛下にも考える時間がおありがないでしょう。今しばらくお考えくださいませ」
 それでも、諦めるわけにはいかないのか。使者はこう言ってくる。
「ご用件がそれだけならば、下がられるがよい」
 今にも相手を切り捨てたい気持ちを押し殺して、カガリはこう口にした。
「国民のことを、優先されますように」
 最後の最後までしゃくに障る奴だ……とこの場を立ち去っていく背中を見送りながら心の中で呟く。
「わかっておられると思うが」
 その背中が完全に見えなくなったところで、カガリはゆっくりと口を開いた。
「今の話、決してキラの耳には入れぬように。あの子のことだ……何をしでかすかわからない」
 そして、それを女神がどう判断されるかも、だ……と付け加える。
「わかっております」
「しかし、オムニがどう出るのか……」
「確かに。それが一番問題だろう」
 その場に控えていた者達から口々にこのような言葉が飛び出す。それも、全てはオムニの非道さをわかっているからだろう。
「それ以上に問題なのは、あの国が完全に女神の存在を否定している、と言うことだ」
 ウズミの声が周囲に響いた。それに、誰もが二の句を継げない。それは当然だろう。オーブにとって見れば、それは自国の存在を否定されることと同じだからだ。
「早急に、プラントに使者を。このことに関しては、我が国だけの問題では終わらない」
 戦となれば、プラントとも協力をしなければいけないのではないか。カガリはそうも付け加える。
「わかっております。大至急、使者を送りましょう」
 この言葉に、カガリはしっかりと頷いてみせた。


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