カガリと二人きりになったときだ。
「先ほどの話だがな」
 カガリの方から先ほどの話題について投げかけてきた。
 女神の声を聞くことは、神官にとって呼吸をするように自然のこと。しかし、その力を借りることはそうではない。
「……その後、命を落としたものも多い……もっとも、そのような事態になること自体、まれだがな」
 そうならないようにするのが女王をはじめとした者達の役目だ……とカガリは付け加える。
「ならば、貴方が怒られることは何もないのではありませんか?」
 だが、脳裏から消し去りたくなるほどカガリは衝撃と怒りを感じたのだという。その理由は何なのだろうか。そう考えてしまう自分に、ラクスは少しだけ自嘲の笑みを漏らす。
「お答えになりたくないのでしたら、それはかまいませんが」
 だから、こうも付け加える。
「いや……貴方には聞いていて頂いた方がよいかもしれない」
 キラが信頼しているようだからな、とカガリは弱々しい笑みを口元に浮かべた。
「オーブの王族は、女神の血をひいている……と言われている。そのせいか、女神の力だけではなくその存在そのものをその身に宿すことができる」
 そのまま、彼女は淡々とした口調で言葉を重ねていく。
「ヴィアおばさま――先代の女王がお体をこわされたのは、そのせいだ。あの方は神官ではなかったから余計に負担が大きかったのだろう」
「……それは、いつのことですの?」
 そのようなことをしなければいけないような状況があったのだろうか。そう思いながら、カガリは問いかける。
「私たちが生まれる前だ、と聞いている」
 その言葉で、ラクスはあることを思い出した。
 あるとし、何故か不意に世界中が暗くなったことがあったのだ。このままでは作物も取れなくなり、大勢の人々が食べるものがなく死んでしまうのではないか。そのような考えが世界を包み込んだとき、不意に空を覆っていたものが破れて太陽が姿を現した。
 女神のご加護だ、というのは、事実だったのか……とラクスは心の中で呟く。しかし、そのせいで先代の女王が命を縮めたとは知らなかった。
「そうですか。ですが、御先代はともかく、キラが何故」
「……あの子は、おばさまにそっくりなんだ。実の子供だと言っても、誰もが信じてしまいそうなくらいに」
 その考え方までも、とカガリは付け加える。
「多分、あの時の教師は、そういいたかったんだろう。しかし、私には……何かあったらキラがその身を捧げて世界を救え、と言っているようにしか聞こえなかった」
 あの時点で、キラが神官として生きることが決定していたから余計に……とカガリははき出す。
「だから、絶対にそんなことをさせなくてすむように、私たちがしなければいけないんだ」
 女王として……と彼女は続ける。
「カガリ様」
「アスランとも、その点だけは一致している」
 でなければ、婚約なんてとっくに破棄しているさ……と付け加えられた言葉で、だいたいの事情がわかってしまう。
「……まぁ、そのようなご関係もありますわね」
 王族同士のつながりにとってお互いの愛情は重要ではないのだから。それでも、同じ目的を持っているのであれば、彼女たちの関係はきっとよいものになるだろう。それもわかっている。
「しかし……そうなれば、今後、いろいろと難しいですわね」
 オムニの暴挙については、ラクスもよく知っている。
 いや、あるいは自分が一番よく知っているのではないか。そうも考えていた。
「わかっている。それでも、私はあの子を失いたくない」
 間違っていると言われてもしかたはないのだ、とはわかっているがな……とカガリは苦笑とともにラクスを見つめてくる。
「キラだけが私を私個人として見てくれる唯一の存在だからな」
 後は、多かれ少なかれ別の価値を自分の中に見いだそうとしているから……と付け加えられた言葉の裏に隠されている感情にはラクスも覚えがあった。だから、彼女をおろかと言うつもりはない。
「確かに。そのような方が一人でも必要ですわね」
 キラという存在のためであろうとも、カガリはよい王であろうとつとめている。
 いずれは、キラと民との立場が逆転する可能性だってあるだろう。
 そうでなかったとしても、キラ本人が諫めてくれるに決まっているのだ。
「私も、キラがキラのままでいてくれればよい、と思っております」
 ふわりと微笑むと、ラクスはこう口にする。それに、カガリも「そうだな」と頷き返す。
「みっともないところをお見せした。すまない」
 そして、初めてであったときのように表情を引き締めるとカガリはこう言ってきた。
「いえ。お気になさらずに。カガリ様が、私を信頼してくださったからこそのお言葉だ、とそう思っております」
 だから、かまわない……とラクスは微笑み返す。
「ラクス・クラインの名において、あなた様の願いのために協力をお約束致しましょう。キラが、いつまでも微笑んでいられる世界を作るために」
 この言葉に、カガリは目を丸くする。だが、すぐにキラによく似た微笑みを口元に刻んだ。
「ありがとう」
 その表情のまま、彼女はこう口にする。
「私も、あの方の微笑みは好きですから」
 そんなカガリにそう言い返す。
「何よりも、キラは話卓人にとって得難い友人ですもの」
 カガリとは違う意味ではあるが彼女を失いたくないのだ、とラクスは付け加えた。
「それでも、だ。貴方の知識がきっと、私たちに必要になる日が来る。そう思える」
 だから、とカガリはさらに笑みを深める。
「それに、私も貴方という存在が気に入ったからな、ラクス・クライン」
「光栄でございますわ、カガリ・ユラ・アスハ様」
 カガリの言葉にラクスは優雅に礼をしてみせた。

 こうして、少しずつ人の輪が広がっていく。
 それは女神が望まれたことなのだろうか。
 誰にも、それはわからなかった。


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