予想通りと言うべきか。
 神殿に送った使者とともにキラが王宮へと姿を見せた。その手に何やら小さな包みを抱えている。
「キラ?」
 その事実に気が付いて、カガリは首をかしげた。いったい何を持ってきたのだろうか、とそう思ったのだ。
「はい、カガリに」
 僕が作ったんだ……といいながら手渡されたそれは、何やらいい香りがする軟膏が収められた壺だった。
「医師の資格を持っていらっしゃる方にあれこれ教えて貰っているんだけどね。で、これは打ち身に効く薬草とハーブで作ったの」
 匂いがきつくないから、塗っても大丈夫かなって思って……と言うキラにカガリは苦笑を返すしかできない。
「ありがとう、キラ」
 それでも、自分のことを考えてくれる気持ちが嬉しい、と思う。しかし、どうせならもう少し違うことも……と言いたくなるのはワガママなのだろうか。そんなことも考えてしまう。
「顔にだけはケガをしちゃダメだよ。わかっていると思うけど」
 顔だと、隠せないから……と付け加える言葉にカガリの苦笑はさらに深まった。
「頼むから、マーサ達と同じ言葉をお前まで言わないでくれ」
 騎士団との訓練との後で、毎回、そういわれるんだ……とも付け加える。
「しかたがないよ。カガリはオーブの顔だから」
 綺麗にしていないと、と言うキラの頭を、カガリは抱え込む。
「カガリ?」
「そういう可愛くない物言いを、どこで覚えたんだ、お前は!」
 キラは素直で可愛かったのに……とさらに言葉を口にしながら、遠慮なくキラの頭をなで回す。
「カガリ、やめて!」
 髪が乱れる! とキラが口にする。自分ではできないんだから、とも。
「大丈夫だ、私がきちんとしてやる」
 だから、もう少し付き合え! とカガリは言い返す。
 自分とは違う、さらさらの感触の濃い茶の髪の毛は母のそれを思い出させてくれる。それでなくても、キラの髪の毛の感触は自分のお気に入りなのだ。
 それを堪能できる機会が最近ものすごく減っている。
 だから、今だけでも……と思いながらカガリはキラの髪の毛をいじり倒す。
「ダメだよ! カガリにやってもらうと、自分じゃほどけないんだよ!」
 第一、神官らしくない! とキラはカガリの腕から逃れようと暴れている。しかし、そんなものはカガリにとっては抵抗にもならないのだ。
「気にするな」
「気にするよ!」
 そういって、また暴れ出すキラには悪いが、こんな時間が自分にとっては重要なのだ。そう心の中で呟くカガリだった。

 久々に顔を合わせたキラは、何故か憮然としている。
「どうなさいましたの、キラ」
 せっかく、可愛らしい髪型をしているのに……と思いながらも、ラクスはそう問いかけた。
「……キラは髪の毛をいじられるのが苦手なんだよな。私には楽しいのだが」
 それに言葉を返してきたのは本人ではなくカガリだった。しかも、キラはその言葉を聞いた瞬間、彼女をにらみつけている。
「あらあら。本当にお二人は仲がよろしいのですのね」
 どうやら、二人の間で多少手荒な交流があったらしい。それでも、キラが大人しくカガリの側にいるのは、本気で怒っているわけではないのだろう。ただすねているだけ、と判断をしてラクスはこう口にした。
「ラクスさん、別に……」
「本当のことでしょう? 私には兄弟がおりませんからはっきりとはわからないのですけど」
 この言葉に、キラとカガリは二人そろって困ったような表情を作る。
「あぁ、気になさらないでくださいませ。それはしかたがないことですもの」
 だから、キラ達と友達になれて嬉しいのだ……とラクスは微笑んでみせた。
「そういえば……ラクスさんはどうして今回オーブに?」
 取りあえず話題を変えようと言うように、キラがこう問いかけてくる。
「キラさんと先日あれこれ調べておりましたでしょう? で、女神の御子について疑問を持ちましたの。神官とは違った意味で使われておられるようですので」
 プラントの神殿にある書物では満足できなかったので、紹介状をアスランとあちらの大神官に書いて貰ってやってきたのだ、と付け加えた。
「女神の御子?」
 なんだそれは……とカガリがキラに問いかけている。と言うことは、オーブでも知られていない存在なのだろうか、とラクスは首をかしげた。
「……カガリ……ちゃんと歴史の授業、受けたよね。僕と一緒に」
 あきれたようにキラがカガリを見つめている。
「受けたけどな……」
「その中に、女神のお力をその身に宿して国を救った方々の存在があったでしょう?」
「あぁ、それは覚えている」
「その方々を称して『女神の御子』と言っているの」
 それもちゃんと教わったよ、とキラは言ってくる。
「……思い出した。ついでに、その後の先生の言葉が気に入らなかったことも、な」
 だから、脳裏から消去していたんだ……とカガリはため息をつく。
「カガリ?」
 何だっけ、とキラが首をかしげた。
「だから、その話は却下だ。食事がまずくなる」
 こう言い切った彼女の表情を見て、キラは苦笑を浮かべる。そのまま「しかたがないね」と呟くとそのまま引き下がった。
 だが、自分としてみれば、それも含めて知りたいと思う。あと聞き出せるであるのなら聞いてみた方がいいかもしれない。ラクスはそう判断をした。それでも、カガリの拒否反応を見れば難しいとは思う。
「それにしても、キラ。指先が染まっていますが……どうなされたのですか?」
 食事時だという意見には賛成だから苦笑とともに話題を変えることにした。
「これ? 最近、薬草をいじっているから、そのせいかも。あぁ、ラクスさん。帰るときにお願いがあるので、声をかけてくださいね」
「わかりましたわ。その代わり、図書館に付き合ってくださいね」
「うん、いいよ。でも、午後からになるけど」
 午前中は神殿でのお勤めがあるから……とキラは言い返してくる。
「かまいませんわ」
 ふわりと微笑めば、キラもまた微笑み返してくれた。
「と言うことで、料理が来た。食事にしよう」
 カガリがこう言ってくる。それに二人とも頷いてみせた。


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