キラがオーブに帰ってからの日々は、以前と変わることは何もなかった。
 しかし、世界はそうではない。
 オーブ以外の国では次第に恐慌が激しくなっていた。
 いや、キラが知らないところでオーブやプラントでもそうだったのだろう。ただ、キラが見ている世界はあくまでも平穏だったと言っていい。それは、きっとカガリやアスランをはじめとした国の中枢にある者達が頑張っていたからだ。
 しかし、キラだってバカではない。
 彼女たちが隠そうとしているものに気付いてはいた。それでも口にしないのは、みんなの気持ちを考えたからだといっていい。
「……みんな、疲れているようだね」
 そんな彼等のために何ができるだろうか。
 キラはそう考える。だが、自分にできそうなことなどほとんどないような気がしてならない。
「……取りあえず、お茶ぐらいかな、作ってあげられるのは」
 後は、彼等に心配をかけないために自分は微笑んでいることだろうか。
 それだけでみんなが安心できる、というのであればそのくらいはできるだろう。
「ラクスさんのように知識があれば、いろいろとお手伝いできるんだけどね」
 医師としての技術を少しでも身につけられれば、もっとできることがあるのだろうか。少なくとも、レノアのために薬草を選ぶことはできるだろう。その他にも、ケガの手当とか……とキラは心の中で呟く。
「カガリ、このごろますます雄々しくなっているもんね」
 フラガ達とともに騎士としての訓練をしていると、ハルマがため息混じりに教えてくれた。女王がそんなに雄々しくなってどうするのか……と言う彼を慰めたのはつい先日のことだ。
「その手当ぐらいはしてあげられるようになった方がいいんだろうな」
 カガリを止めることの方が無理だろうから……とキラは小さなため息をつく。
「ともかく……マルキオ様に相談してこよう……」
 あの方であれば、キラの願いに対してよい道を示してくれるだろう。だから、と思ってキラは立ち上がる。
「お時間がおありになればいいのだけど……」
 そう呟きながら、キラはゆっくりと廊下へと出た。

 同じ頃、カガリはプラントからの客と向かい合っていた。
「ラクス・クライン殿?」
 自分たちよりも年上だが、見かけは変わらないのだ……とキラが教えてくれたのは先日のことだ。しかし、それが本当だとは思わなかった。それ以上に驚きなのが、彼女が《賢者》の位を持っていると言うことだろう。
 キラは自分が《神官》であるから気にかけなかったのかもしれないが、普通、貴族の令嬢が得る称号ではない。それを得るための努力をするよりも、自分自身の外見を磨いてよい相手と結婚をする方が幸せだと思っているものの方が多いのだ。
「はい。さようでございます、女王陛下」
 優雅な仕草で、彼女は礼を取る。
 確かに、キラが好きになりそうな相手だ……とカガリは心の中で呟く。
 見てくれだけではなく内面を磨いている存在。無意識とはいえ、キラ自身がそのような存在だからこそ、自分の目標となり得る相手に尊敬の念を抱いたのだろう。
 同時に、カガリ自身も彼女の態度は好ましいと思える。
「ようこそ。目的は、我が国の書物……と言うことだが、それに関しては許可を出そう。望まれるのであれば、王宮に部屋を用意させて頂くが?」
 プラントとは違って、オーブの図書館は王宮に併設されている――それは、神官達が使いやすいように……と言う理由であり、一般の者達に解放されていないと言うことではない――だから、その方が楽だろうとそう判断したのだ。
「ご厚意に感謝致します」
 イヤミではないその態度は流石公爵家令嬢だな、とそう思う。
「気にされないでくれ。先日、私の片割れが貴方に多大なご厚意を受けたと教えてくれたのでな。そのお礼の意味もある」
 キラの友人であれば、自分にとってもそうだと言ってかまわないし……とカガリは微笑む。
「キラが、ですか? それは嬉しいですわ」
 またお会いしたいものだ、と彼女は柔らかな微笑みとともに口にする。それは、今までのどこか作り物めいた微笑みとは微妙に違っていた。と言うことはこれが本心からの表情なのだろう、とカガリは判断をする。
「後で神殿に使いをやろう。時間が取れるようならば、こちらに来るはずだ」
 なくても無理矢理作ってくるだろうが……と付け加えれば、ラクスは微笑みに少しだけ苦いものを混ぜた。
「それでは、キラの御邪魔をしてしまうことになりませんか?」
「……あの子も、いろいろと悩んでいるようなのでな。貴方に相談に乗って頂ければありがたい」
 何やら調べものを続けている中での悩みらしいから、自分では手助けもしてやれないのだ、とカガリは同じような表情を作りながら口にした。
「残念だが、私ではそちら方面ではあの子に及ばないからな」
 自分が持っている知識はあくまでも国を治めることに関してだから……と心の中で付け加える。
「しかたがありません。女王陛下もアスラン王子も、優先すべきなのは国を治め、民に平穏な生活を与えること。知識は、それを持っているものから引き出されてよろしいのですわ」
 そのために、自分のような存在がいるのだから……とラクスはさらに笑みを深めながら口にした。
「キラも、同じ気持ちで自分にできることを増やそうと思っているのではありませんか?」
 全ては人々のために……と言われて、カガリは頷く。
「それは、あの子にとって女神のご意志を伝えることと等しいことだからな」
 だからこそ、そちら方面でキラに付き合ってくれる存在がいてくれると嬉しい、と付け加えた。
「ともかく……旅でお疲れだろう。部屋の方で休まれるがよい。その後で、時間があるようであれば、個人的に話をさせて頂きたいと思うが、よろしいか?」
「もちろんでございますわ」
 カガリの言葉にラクスは即座に頷いてみせる。
「では、そのようにさせて頂こう」
 この言葉とともに、まるで待ちかまえていたようにマーサがラクスへと歩み寄っていく。彼女に任せておけば大丈夫だろう。カガリはそう判断をする。
 うまくいけば、夕食時にキラも顔を見せるかもしれない。
 そうなれば、この後会わなければいけないバカの相手も我慢できるだろうな。
 流れるような仕草で退出をしていくラクスの後ろ姿を見つめながらカガリはそんなことを考えてしまった。


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