いつまでも、プラントに滞在できるわけではない。
 カガリからも『そろそろ帰ってこい』という催促が届いたのは、つい先日のことだ。
「……ちょっと長引いちゃったから、カガリがしびれを切らしたみたいだね」
 苦笑とともにキラはこう告げる。
「俺としては、ずっとここにいてくれてもかまわないんだけどな」
 両親もそう考えているだろう。アスランはそう言って笑う。
「そういうわけにはいかないよ。あちらにはお父様もいらっしゃるから」
 だから、帰らないと……とキラは苦笑とともに言い返す。それに、カガリが何をしでかすかわからないし、とも付け加えた。
「そうなんだよな」
 一番恐いのは、カガリの暴走だ……とアスランも頷いてみせる。
「まぁ、カガリと違って、キラなら気軽に来てもらえるか」
 神官として神殿に要請すれば、と彼は続けて笑う。
「それって……公私混同にならない?」
 確かに、正式の手順さえ踏めばプラントへオーブの神殿から神官を招くことは可能だ。そして、国王夫妻であれば呼び寄せる神官を指名することもできる。しかし、いいのだろうかとキラはそう思うのだ。
「かまわないだろう。母上にとっての一番の薬は、どう考えてもキラだったしな」
 キラがこちらに来てから、かなり体調がいいようだ、とアスランは笑う。
「キラが作ってくれたお茶を毎日飲んでいるのと、食事もしっかり取ってくれているからだろうが」
 一日に一度はキラが顔を出してくれていたから、その時だけでも食べてくれたから、と彼は続ける。
「レノア様がお元気になってくださったのは、僕も嬉しいよ」
 きっと、母も喜んでくれているだろう……とキラは心の中で呟く。
「レノア様には、絶対、カガリとアスランの結婚式に参列して頂かなきゃいけないんだから」
 せめて、彼女にだけは……と言外に滲ませる。
「わかっている。母上もそのおつもりだ」
 カガリの立場が落ち着けば、すぐにでも……と言い出しかねない、とアスランも笑う。
「何やら、ドレスの手配も始めているようだしな」
 もっとも、式となればオーブの女王としてのそれがあるだろうが、その後の披露宴であれば何を着てもかまわないはずだ……とレノアは考えているらしい。
「そうだね。確かに式ではオーブの女王としての立場から逃れられないけど、その後の披露宴なら大丈夫だよ。レノア様も、オーブのことはお詳しいしね」
 カリダの時の事を覚えているだろうから、とキラは頷き返す。
「と言うことを、カガリに伝えればいいんだよね」
 さらに笑いを漏らしながら、アスランにこう問いかける。
「母上がドレスの手配をしていることと、それが生きる意欲につながっているみたいだ、と言うことをな」
 もっとも、式でなくてもいいのではないか……とアスランは付け加えた。
「……そうだね。レノア様から送って頂いたドレスなら、きっと、普通に来てくれると思うよ」
 カガリも……とキラは微苦笑とともに付け加える。
「あれこれ文句も言わないだろうし。女官達が喜ぶかもしれない」
 カガリにドレスを着せるのは大変らしいから……とさらに言葉を重ねた。公式の場でなければいまだに男装を好むカガリの性格からすればしかたがないのだろうけど、とも。
「……相変わらずか」
「だって、カガリだもの」
 十数年かけて培われた性格が、そう簡単に変わるとは思えない。キラはきっぱりと言い切る。
「だろうな。そういうカガリでなければ、俺も、あんな約束はしない」
 どれだけ軋轢が残ろうとも、婚約なんて解消している、ともアスランは付け加えた。
「アスラン?」
「俺にとって必要なのは、守られている女性じゃなくて、一緒に進んでくれる存在だからな」
 守るべき存在は別のあるから、とキラに微笑みを向ける。
「ついでに言えば、カガリも守られるよりも守りたいと言い出す方の人間だろう?」
 だから、気が合うんだよ……とアスランはさらに言葉を重ねた。
「二人が仲がいいのは僕も嬉しいよ。政略結婚なんて、絶対にダメだと思うし」
 たとえ、恋愛感情ではなかったとしても、お互いに愛情を抱ける関係の方がいいに決まっている。特に、国の頂点に立つ存在であればなおさらだ。
「もちろんだよ。あぁ、俺たちの結婚式の時には、キラに式をとりまとめて貰ってもいいかもな」
 祭詞はマルキオに頼むとしても、だ……とアスランは口にする。
「その時までも頑張るよ」
 僕も、アスランとカガリの結婚式なら責任を持って執り行いたいし……とキラ笑い返す。その程度のワガママなら聞き入れてもらえるだろうから、とも。
「レノア様へのお茶は、作ったら送るよ。でも……そうだね。カガリに頼むのが一番かな」
 途中で何かある可能性も否定できなくなってきたから……とキラは微かに表情を曇らせる。ラクスとともに調べた事柄が本当であれば、いつ何があってもおかしくはないのだとわかってしまったのだ。
「公私混同だけどね」
 カガリ直属の騎士であれば、きっと大丈夫だろう。
 そう思って、キラは口にする。
「大丈夫だ。これから、ミゲル達をオーブに行かせる機会が増えるはずだからな」
 彼等に言付けてくれればいい、とアスランも笑い返す。彼もこう言ってくるとは、何かの危険性に彼も気付いているからだろう。
「なら、大丈夫だね」
 彼等は信頼できる。そして、自分が直接彼等に手渡せばいいことだ。そう判断をして、キラは微笑む。
「本当は……ずっとここにいて貰った方がいいんだがな」
 アスランはこう言って苦笑を浮かべる。
「しつこいよ、アスラン」
 本当に、カガリに決闘を申し込まれても知らないよ……とキラは苦笑とともにこう口にした。
「……俺だって、キラが好きなんだけどな」
 側にいて欲しいのは嘘じゃないから、とアスランは笑う。
「しかたがないよ」
 でも、家族みたいなものだから、どこにいても変わらないよ、とキラは言い返す。
「そうだな」
 キラの言葉に、アスランは小さく頷いてみせる。
「母上にでいいから、たまに手紙を書いてくれ」
 そして付け加えられた言葉に、今度はキラがしっかりと頷いてみせた。

 翌日、キラはオーブへ向けての帰路に就いた。


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