なぜ、オーブの王族が十二歳まで性別を隠さなければいけないのか。
 それは、自分で自分を守れる技量が身につけられるまでの猶予を必要としていたからだ。
 しかし、その規定は神殿にあがるものには適用されない。キラが神殿にあがるという話は既に公にされていた。だから、十二の誕生日に性別を明らかにするのはカガリだけだ。
「……カガリ」
 それが気に入らないのだろうか。
 カガリはここ、二三日ものすごく機嫌が悪い。
 それはどうしてなのだろう。そう思いながら、キラはそっと声をかける。
「ドレスが動きにくい」
 そうすれば、カガリはこう言い返してきた。
「それは、しかたがないよ」
 苦笑とともにキラは言葉を口にする。
「慣れていないから、そう思うんだって」
 今までは、もっと動きやすい子供のための服を着ていた。しかし、もうじき十二歳になる今は、それではなく本来の性別に沿った服を与えられている。もっとも、神殿にあがるキラは違っていたが。それがカガリには気に入らないのだろうか。
「なれれば、きっと、大丈夫だよ。ミナ様なんて、ドレス姿で剣を振るうと男の人にも負けないんだよ?」
 ともかく、身近でカガリの理想に一番近い人間の名前を口にしてみる。
「それもわかっているんだが……どうして、こうも足に絡みつくんだろうな」
 スカートが、とカガリはため息をつく。
「まだ、お母様やおばさま方のようにコルセットを付けていないだけマシなんだろうが……それでも動きにくい」
 キラが着ている服のように体の線がでないようなものであれば、もう少しマシなのだろうか。カガリは真顔でそうも付け加えた。
「どうかな。これは下もあるから余計に動きやすいのかもね」
 そう口にしながら、キラは上衣の裾を持ち上げる。そうすれば、幅の広い下衣が見える。
「私にもそれをはかせてくれればいいのにな」
 そうすれば、足に直接絡まないから少しはマシかもしれないと真顔で彼女は付け加える。
「今度、相談してみれば?」
 キラは微笑みとともにそう口にした。
「そうだな。でなければ、バカを排除できない」
 忌々しそうに告げられた言葉に、キラは思わず首をかしげてしまった。
「バカ?」
 誰のことだろうとちょっと悩む。カガリに関わるような人間でそんな者達がいただろうか、とも。
「そう、バカだ。さすがに神殿にあがるお前にまではちょっかいを出さないとは思うがな」
 もっとも、そんなことをすれば女神の怒りが降りかかるかもしれないが……と彼女は付け加えた。それは何故か、最近いわれるようになった言葉だ。
「そんなことはないと思うけど」
 あの方は眠っている。
 時々夢を見ていらっしゃるけど、決して目覚めることはない。
 人の世の流れも、女神にとってはうたかたの夢と同じなのだ、とキラは思う。
 そんな方が、どうして自分ごときのために力を振るわれるというのか。
 もっとも、それを口にすればしたで、またあれこれ言われるのだろうな、とわかっているから何も言わない。
「まぁ、そういうことにしておけ。お前の場合、その方が安全だ」
 でないと、血迷った連中は何をしでかすかわからないからな、とも彼女は付け加える。
「今ですら、既に自称私の婚約者が山ほどいるんだぞ」
 女王の夫と言っても、それほど権力を握れるわけではない。それがわからないで勝手なことを言っているんだからな、と彼女は続けた。
「でも、ヴィアおばさまが特別なんじゃないの?」
 彼女の夫は、キラ達が生まれる前になくなっている。
 そして、同じ頃からヴィアも体をこわして寝たり起きたりの生活を送っているのだ――それでも、今度の祝いの席には顔を出してくれると言っていたが――だから、ウズミが執政政として国務を担っている。その彼は、決して《女王の夫》ではないのだ。一族の中で、一番適任だと思う存在だから選ばれただけだと言っていい。
「そうだな。おばさまがウズミおじさまを信頼されているからこそ、全てを任せている。それがわからないんだろうな」
 夢を見るのは勝手だが……とカガリは笑う。
「いっそ、適当に婚約者をでっち上げるか」
 あの連中が口を出せないような……と言われても、すぐに思い浮かばない。
「別に、夫婦が一緒にいなくてはいけないわけじゃないからな」
 むしろ、一緒にいられると邪魔かもしれない……とカガリは口にする。
「カガリ!」
「名目だけでもいいんだよな。あぁ、一応子供は産んでおかないとまずいか。お前にそれを期待するわけにはいかないからな」
 キラの呼びかけも無視して、カガリはさらに言葉を重ねていく。
「……一番いいのは、アスランか。そういえば、今度来るんだよな」
 パトリック様の名代で……と口にする彼女の目が据わっている。
「カガリ?」
 いったい何を、とキラは本気で不安になってくる。
「あいつも困っていたからな。名目だけなら名前を貸してくれるか」
 正式に婚約しなくても、あいつが好きだと言っていればしばらくは時間が稼げるだろうしな……と彼女は勝手に結論を出したようだ。
「カガリ……いいの、それで」
 というよりも、そんなことが本当に通用するのか、とキラは思う。
「いいんだよ」
 きっぱりと言い切る彼女に、キラは思わず頭を抱えたくなってしまった。


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