王立の図書館や神殿のそれと負けないくらいの蔵書がここにはある。しかも、その半分以上がキラには読めない文字で書かれていた。 「キラ様は、オーブやプラントの共通語だけではなく、神聖文字と古代語をお読みになれるとお聞きしておりますが」 そう口にしながら、ラクスはその細い腕に何冊もの本を抱えてくる。それに慌ててキラは立ち上がった。 「神官としての最低限の知識ですから」 そして、彼女の腕から慎重にそれらの本を受け取る。少し見ただけでも、どれもが貴重な本だと言うことは推測できるのだ。 「あら。神官の方でも神聖文字はともかく古代語まで読める方は珍しいとお聞きしておりますが」 それはキラが努力をした結果だろう、とラクスは笑みを深めながら口にする。 「キラ様にとって、それは当然のことなのかもしれませんが……だからといって、卑下される必要はないと思いますわ」 学ばれると言うことすばらしいことですもの……と彼女はそうも付け加えた。 「……そうかな?」 「そうです。キラ様は、ご自分に厳しい方なのですわね」 そう言う方は好きです……と言われて、キラの方が困ってしまう。 「僕も、ラクスさまは好きです」 彼女の側は心地よいから、と心の中だけで付け加える。それはどうしてなのだろうか。きっと、彼女が自分に向けている感情の中に純粋な好意と言うものが多く含まれているからだろう。それは、イザークやミゲル達と同じものだ。 「まぁ、それでは私たち、相思相愛ですわね」 からかうような口調でラクスはさらにこう言ってくる。 「ラクス様……」 それに何と言い返せばいいのか、とキラは悩む。 「それならば、様付きはやめて頂けますか?」 お願いですから、と彼女は微笑みとともに付け加えた。 「ですが……ラクス様の方が、お年上ですし」 年上の方に対しては、礼儀正しくしなければいけないのではないか、とキラは言い返す。だから、とも。 「それならば、ミゲルはどうなりますの?」 彼の方が年上ですよ、という指摘にキラは首をかしげてしまった。 「……そういえば、ミゲルさんも、イザークさんも他の皆さんも『さん』付けですよね」 どうしてそうなったんだろうか、とキラは呟く。 「そうでしょう? もし、おいやでなければ私も『キラ』と呼ばせて頂きますし」 ダメですか? という彼女の言葉に、どうしようかと思う。こう言うときに限ってマリューもフラガも側にいてくれないのだ。自分で判断をしなければいけない。 だが、個人的に言えば、彼女に名前を呼んでもらうことは何の支障もないと思う。 「わかりました。そうさせて頂きます」 誰に何かを言われても、自分がそうしたかったのだ……と言えばいいだろうし、とも考えて頷いて見せた。 「ありがとうございます。嬉しいですわ」 ふわりとラクスは微笑む。 「それでは、早速……キラ、こちらとこちらですが、お読みになれますか?」 読めないようであれば、自分が訳すが……と問いかけられて、キラはシメされた本へと視線を落とす。それは古代文字で書かれた本だった。 「多少わからない言葉もありますが、意味はわかります」 神聖文字は神殿で普通に使われている文字だ。その文字一つ一つに力が宿っているとまでいわれているそれは、それだからこそ昔のままの形で残っている。 しかし、古代文字は使う者達によってかなり活用や言葉に変化が見られるのだ。それでも大本は同じだから何とか意味だけはわかる。 「わからない言葉は遠慮なく聞いてくださいね。でなければ、正確な意味が読み取れませんし……中には正反対の意味になってしまう動詞もありますから」 もっとも、そのようなことはキラも知っているでしょうけど……とラクスは微笑んだ。 「一応は。ですが、神殿にあるものはそこまで様々なものはありませんでしたので」 実際に、その差異を目にしたことはない。あくまでも知識としてのそれだ……とキラは口にする。 「そうですの。でも、神殿にある本でしたら、しかたがありませんわ」 中には、女神の存在を否定するような本もあるから……とラクスは少しだけ顔をしかめた。 「ラクス、さん?」 敬称を付けるなと言われても……と思いながら、キラは彼女に呼びかける。 「ラクスでかまいませんわ」 即座にラクスがこう言い返してきた。 「ですが……年上の方を呼び捨てにするのはちょっと」 「年齢のことは忘れてくださいません?」 というよりも、女性の年齢をあれこれ指摘してはいけないのだ……とラクスは真顔で言ってくる。 「……そうなのですか?」 「そうですわ」 微笑みに妙な力がこもったような気がするのは、キラの錯覚ではないだろう。 「そういうことで、呼び捨てにしてくださいませね、キラ」 だから、どうしてそんな風にこだわるのだろうか。 その理由が少し知りたいかもしれない。そんなことも考えてしまう。 「わ、かりました」 それでも、ここで下手に逆らってはいけない……と言うことだけは十分わかった。だから、頷いてみせる。 「人の名前は一種の《呪》です。それは親しい者が口にするものが一番強い。そして、貴方にはそれが必要だと思いますの」 そんな気がするのだ、とラクスは付け加えた。 「ラクス……」 「……はずれてくれればよいのですけれど」 言葉とともに、彼女はキラの頬に触れてくる。そこから伝わってくるぬくもりが、キラを安心させてくれた。 「詮無きことを申しました。お時間がもったいないですわね」 ラクスもまた、キラのぬくもりで安堵したのか。こう口にする。 「いつまでもここからでなければ、間違いなく、アスラン王子が乗り込んできますわ」 それだけならばよいが、貴重な書物を傷つけられるかもしれない、と彼女は付け加えた。 「それは恐いね」 「えぇ。ですから、できるだけ進めてしまいましょう」 ラクスの言葉にキラは素直に頷く。そして、手渡された書物の目次へと視線を向けた。 女神を否定する者達。 それなのに、どうして彼等は自分たちが使っているその力の源が、女神のそれだと思わないだろうか。 調べれば調べるほど、キラの中でそのような疑問がふくれあがっていった。 |