王都内で噂されているキラのことを確認して、アスランは思わず苦笑を浮かべてしまった。
「キラが聞いたら、即座に『帰る』とか言い出すぞ」
「まぁ……プラントでも、民衆は女神の存在に救いを求めているものが多いから、しかたがないんだろうな」
 貴族と違って、彼等は自分たちの生活を守るだけで精一杯なのだ。それでも、プラントやオーブの者達はまだまだ裕福だと言っていい。彼等は、明日の食事の心配をしなくてすんでいるのだ。
 だが、他の国ではそうはいかない。
「ともかく、キラさまにはオーブからおいでの二人だけではなくイザークとニコルもついているから大丈夫だろうよ」
 それに、と意味ありげにミゲルは笑う。
「途中でラクス嬢にお会いしたからな。キラさまが図書室で調べものをしていると言っておいた」
 彼女も一緒にいてくれれば、いろいろな意味で安全だろう……と付け加える彼にアスランも頷いて見せた。
「まさか、あそこまで大事になるとは思っていなかったからな」
 というよりも、あそこまで浅ましいものが多いとは思わなかった……とアスランはため息をつく。
 キラがオーブの王族でも一番カガリに近い存在だ、と言うことは否定できない事実である。そして、キラはプラント国王であるパトリックやレノアにもかわいがられている存在だ。そんなキラに取り入ることができればあるいは……と馬鹿なことを夢想しているものも多いのだろう。
 いや、それならばまだいい。
 問題なのは、キラの容姿であれば男であろうと女であろうとかまわない……と言う邪な台詞を口にしているものがいるという事なのだ。
 プラントでは《神官》という地位はさほど重みを持っていない。それは、父がそういう認識だからしかたがないのかもしれないが……とアスランは心の中で呟く。だからといって、キラを劣情の対象にするな、と言いたいのだ。
「イザークの父君の例も知っているからな」
 あわよくば自分も……と考えているのだろう、とミゲルはため息をつく。
「無理に決まっているだろうが」
 イザークの父君の時でさえ、結構厄介だったのだ。それでも、女神がお認めになったことだからというオーブ前女王のお言葉と、ウズミやハルマの後押しがあったからこそ、エザリアと彼は正式に婚姻が認められたのだ。でなければ、いったいどうなっていたことか。
 何よりも、キラを溺愛しているカガリがそんなことを認めるはずはない。それどころか、キラを傷物にした相手を八つ裂きにするぐらい、平気でやるだろう、彼女は。
「言ってはなんだが、カガリの剣の実力は俺と互角だぞ」
 そんな相手とそこいらの地位だけを自慢するような貴族でははじめから結果が見えているのではないか。
「そうだよなぁ……俺だって、そんな相手にキラさまを渡すくらいなら、自分が立候補させてもらうし」
 その前に、そんな状況にならないように気を付けるさ、とミゲルは付け加える。
「ミゲル」
「言っておくが、他の連中だって同じ事を言うと思うぞ」
 キラを気に入っているのは自分だけではない。だから、もしそういう事態になったなら、自分がキラを一生守る。それがいつの間にか自分達の中で決定事項となっているのだ、とミゲルは笑う。
 もっとも、誰の手を取るかはキラ自身に選んでもらうことになるだろうが……と彼は付け加えた。
「……その前に、キラを守ることを考えろよ」
「わかっているって」
 だから、イザークの他にラクスに行ってもらったのだ……とミゲルは口にする。
 流石に、王家だけではなく両公爵家を敵に回してまで強引な手段を執るものはいないのではないか、とそう思ったのだ、とも。
「まぁ……ラクスなら大丈夫だと思うがな」
 別の意味でキラには災難かもしれないが……とアスランはため息をつく。
「大丈夫じゃないか。キラさまもカガリ様も、彼女の好みだ」
 伊達や酔狂で幼なじみをしているわけじゃないからな……とミゲルは苦笑とともに付け加える。
「あの方の好みはわかっている」
 あまり嬉しくないが……と付け加えたのがミゲルの本音なのだろう。
「キラさまは素直でまじめな方だしな。しかも、何かをするときには自分の力で……と考えておられる。そういう人間を、ラクス様が気に入らないわけがないからな」
 だから、いじめられることはないだろう……と続ける彼に、アスランは苦笑を返す。
「そういうことなら、キラは任せておいていいな。ならば、俺はバカ退治か」
 プラントのものだけではない。他国からも厄介な連中がキラを狙ってこの国に入り込んでいると、報告があったのだ。
「ラスティが既に動いている。今日明日中には目星を付けて帰ってくるだろうよ」
 その中にオムニの連中がいるかどうかが一番の問題だな、とミゲルは口にする。
「また、一カ国、征服されたそうだ」
 このままでは、いずれプラントと国境を接することになるだろう。その時、あちらがどう出てくるのか。それがわからない、というのは事実だ。
 だが、あの様子では、決して友好的な関係を結ぼうと考えているとは思えない。むしろ、隙あれば即座に……と考えているのではないかと推測できる。
「そちらも監視しないとな」
 プラントだけではなくオーブまでも危機にさらすことになるのではないか。
 オーブを守ること。
 それがプラントの存在意義だ……とアスランは考えている。そして、それはパトリックも同じなのではないか。
「やることは山積みだな」
「それが、俺の義務だろう」
 王族である以上、国と民を守るのは当然のことだ……とアスランは笑う。
「そういう貴方だからこそ、俺たちは付いていくんですよ」
 だから、取りあえず、目の前の仕事をさっさと片づけてくれ……とミゲルは指先で書類の山をつつく。
「でないと、今晩、イザークの所に行くことを全力で阻止してやるからな」
「……それは困る」
 毎日、キラの顔を見ることだけが楽しみなんだから……とアスランは真顔で言い返した。
「本当は、こちらに毎日来てもらおうとまで思っているんだぞ。母上もそれを望んでおられるから」
 しかし、それではバカを余計に煽ることになってしまう。だから、我慢しているのだ……とアスランはため息とともに言葉をはき出す。
「キラ様の方が気を遣われるだろう。連日では、レノア様のお体が心配だと言っておられたからな」
 しかし、とミゲルは苦笑を深める。
「あの方に来て頂いたのは、オーブで厄介ごとを片づける間、平穏に過ごしてもらうためだったのにな」
 逆に厄介ごとに巻き込んでしまったような気がする……とさらに彼は付け加えた。
「……そこまで、この国で神官の地位が軽んじられているとは思っていなかったからな」
 特に、貴族達の間で……とアスランは頭を抱えたくなる。
「取りあえず、キラに不埒なことをしようと企んでいるものがいる……と父上の耳にだけ入れおくか」
 レノアには決して悟られてはいけないが。彼女に知られてしまえば絶対に自分で何とかすると言い出すことは目に見えているのだ。それがレノアの体にどれだけの負担をかけるか。言わなくてもわかってしまうだろう。
「国王陛下から釘を刺されても手を出そうとする連中は、間違いなく誰かに操られている可能性があるしな」
 キラには悪いが、少し餌の役目をしてもらうしかないのか……とミゲルはため息をつく。もちろん、それは彼等がキラを守りきれると考えているからだろう。
「キラにも悟られるなよ?」
「わかっています」
 任せておいてください。そう言って笑うミゲルに、アスランも小さく頷いて見せた。


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