しかし、煩わしいな……とキラは心の中ではき出す。せっかく、イザークとニコルに時間を空けてもらったが、この調子では早々にジュール邸に戻ることを考えなければならないかもしれない。そうも考える。
「キラさま」
 そんなキラの気持ちを感じ取ったのか。そっとニコルが呼びかけてきた。
「大丈夫だよ」
 気にしなければすむことだ……とはいうものの、やはりまとわりついてくる視線は鬱陶しいとしか言いようがないものだ。
「まったく……普段はこのような場に寄りつかないようなものまでいるな」
 こういいながら、イザークが歩み寄ってくる。そのまま周囲を見回せば、キラに絡みついていた視線が消えた。
「お見事」
 そのあまりにあまりな反応にも、ニコルはこういって微笑むだけだ。
「当たり前だろう。キラさまは必要があってここにおいでなのに、邪魔をするような輩を認められるか」
 顔は覚えたな、とイザークはさらに付け加える。
「もちろんです」
 ついでに、どこの係累なのかもわかっていますよ……とニコルは可愛らしい表情で微笑む。
「流石だな」
 小さな笑いとともにフラガが戻ってきた。そのまま、キラの前に壁を作ろうとするかのように持ってきた本を置く。
「これでよろしいのか、確認してくださいね」
 一応、覚え書きの通りに本を選んできたが……とマリューも微笑む。二人がキラの側を離れていられたのも、ここにニコルがいたからだろう。
 そんなことを考えながら、キラはざっと背表紙に書かれた書名を確かめる。
「はい、大丈夫だと思います」
 しかし、これを読んでいる間が苦痛かもしれないな……とキラは心の中で付け加えた。また、あれこれ視線を向けてこようとしている気配が伝わってきているのだ。
「これでは、本当に勉強にならんな」
 あきれたようにイザークがため息をつく。
「と言うわけで、移動をするぞ。フラガ殿にはまた力仕事をお願いしなければいけないが」
「それはかまわないが、どこに?」
 というよりも、個人的には本を読むよりもそっちの方がありがたいんだが……と付け加えながら、フラガはまた本に手を伸ばす。
「でも、どこにですか?」
 ニコルもまた、自分の前に置かれていた本を取り上げながら問いかける。
「最後の手段でな、王子に連絡を取った。王室用の閲覧室を使ってかまわないそうだ」
 ミゲルが知らせに来た……とイザークは笑う。
「ミゲルさんが?」
 アスランはともかく、彼にまで迷惑をかけてしまったのか……とキラは顔をしかめる。
「気にされなくていい。ミゲルはミゲルで、仕事のついでだったそうだ」
 アスランが他の者に伝令を頼もうとしたのを彼が取り上げてしまったのだとか、とイザークはあきれたように口にした。
「まぁ、ミゲルですからね。キラさまがお気に入りですし」
 お気に入りは甘やかすんですよね……とニコルが苦笑とともに口にする。
「あらあら……それでは近づけてはダメかしら?」
 くすりと笑いながらマリューがこういった。
「そういう意味では心配いりません。あの男はどちらかというとフラガ夫人のような女性が好みですし……キラさまに対しては、そういうよこしまな感情ではないはずですから」
 でなければ、アスランはともかく自分が近づけない……とイザークが言い切る。
「確かにな。どちらかというと、肉親に対する感情が近いと思うぞ」
 それも、弟妹に対するそれだ……とフラガも頷いて見せた。
「貴方がそういうなら、そうなんでしょうね」
 少なくとも、そちら方面に関しての判断は信用できるから……とマリューは苦笑とともに夫を見つめる。
「そのために、酒盛りをして確かめたんだよ。酒の席なら、口が軽くなるからな」
 第一、そんな奴なら、俺が排除しているって……と彼はさらに言葉を重ねた。それが自分の役目だろう、とも。
「そう、なのですか?」
 自分は知らないところで、周囲の人々にそんな風に守られていたのだろうか……とキラは驚きを隠せない。だとするならば、彼等にどれだけの迷惑をかけていたのだろうか、とも。
「あぁ、気にするな。俺の趣味みたいなものだしな」
 アスランの側近であれば、自然とキラとも近しい存在になる。ならば、自分が安心するために最初に確認しておきたかっただけだ……とフラガは笑った。
「ところで、どこに移動だ?」
 何やら気付かれたようだぞ……とフラガは話題を変えるようにこういう。
「あぁ、こちらだ。話なら、移動してからでも大丈夫だろう」
 むしろ、その方がゆっくりとできるのではないか……とイザークも頷く。
「そうですね。都合のいいところだけ抜き出されてあれこれ言われる心配はないでしょうし」
 それよりも何よりも、王室用の閲覧室は一見の価値がありますよ……とニコルも頷いてみせる。
「王宮に負けないくらい豪華ですから」
 だからといって、華美でも下品なのでもない。落ちつきの中にも壮麗さを感じさせるその調和は見事なものだ、と彼はさらに言葉を重ねた。
「アスランが滅多にこちらに足を運んでくれないので、なかなか見られないんですけどね」
 キラがこちらにいる間にちょくちょく図書館に足を運んでくれるのであれば、思う存分堪能できます、と彼は嬉しげに付け加える。
「そうだな。今回のことでキラさまが王家の人間とアスランだけではなく国王陛下達も考えられているとわかっただろうからな。次からは最初からそちらに案内してもらえるだろう」
 そして、バカどもは排除できる……とイザークは出す。
「僕に声をかけても、意味はないのにね」
 オーブはもちろん、プラントの王族にだって影響を持っているわけではないのに……とキラは真顔で付け加える。
「キラさま……」
 それに、何と言っていいのかわからない……と言うような表情をみなが作った。その理由がわからなくて、キラは思わず小首をかしげてしまう。
「まぁ……それがキラさまのよいところだからな」
 小さなため息とともにフラガがこう呟く。
「そうあることをカガリ様も他のみなさまも望まれているのですから、しかたがないですわね」
 キラはこのままでいて欲しいとそう思うのだから、とマリューも頷いている。
「あの……」
「気にしなくてかまいません。それよりもこちらですよ」
 何かうまくはぐらかされてしまったような気がするのは自分の錯覚だろうか。そう思って、キラは小首をかしげてしまった。


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